2014年07月17日

男女間のメール

 ありのーままにー恥ずかしいこと書くのーよ。

 ネットでは女は女というだけで声をかけられることが多いようだ。ネットは基本的に匿名であるのでストリートナンパよりも難易度が低い。女であればモテるのである。ではなぜ「モテない」などという女がいるのかというと、モテの基準が違うからである。知らない男から言い寄られてもそれは『迷惑好意』なのであってモテているとは認識していないのだ(うまいこと言った)。
 男は違う。誰だろうと告白されたら妄想を広げてしまう。「美人だったりして」「いや、文章からしてかわいいタイプだ」「……えろいかな?」。男は種を蒔ければいいから女であれば誰にでも惚れるが、女は子を産まなければならないので男を選別する、だなんて説を聞いたりする。現象を後付けで説明するのだから理由はなんだっていいのだけれど、私は別の理解をすることにしている。
 私いわく「女は本能的に運命の人を待っている」。まるで少女漫画のような台詞ではあるのだけれど、私の観察した範囲ではこの解釈がもっとも即している。

 (さて、なにから書けばいいのだ?)

 女は男を見るとき、恋人になりえるか否かの判断をしている。そして、一度下された判断はなかなか覆らない。女は感情に生き、女の感情は粘性だ。さらにそして、女は自我が少ない。恋人になりえるか否かの判断は簡単なものだ。とりあえず普通であればよい。

 比較のために男の場合を書いてみよう。
 判断開始──「恋人? そんなことよりセックスしようぜ」──判断終了。これはジョークですけれど、それほど間違っていないジョークです。真面目にはいえぬ真理もあるのじゃ。男は性欲が強いから、まず性欲を満たさないと正常な判断はできんよ。セックス後の男の態度こそ愛のバロメータ、ってわけでもないけどねー。それはガセだ。性欲を満たせば睡眠欲が襲ってくるわけで、その本能に抗って終わってからも甘い言葉を吐くやつは女遊びの激しい男だけだろ。
 セックスと聞くとあからさまに嫌悪する人もあれど、メイクラブといわれるだけの行為だと私は思うよ。セックスを通して相手が見える。

 男は釣った魚に餌をあげない問題ってあるよね。私がいま作ったから、いま生まれた。
 「セックスしたら男が素っ気なくなった。私の身体目当てで愛はなかったのね!」と思う女が意外に多いようだ。素っ気なくなった、というのはメールの頻度が下がったとかなんとか、そんな現象を指しているらしい。それは逆だと思う。愛されてるよ。
 いいですか? 男が女を口説くときはセックスエンジンを使っているのです。「セックスしたい!」という強い気持ちです。これは女には想像だにできぬ無限大パワーです。このセックスエンジンを使ってうおおおおおとがんばるわけです。すごくがんばってます。どのぐらいすごいかというと「女のつまらない話でもうまく相槌を打ち、まるで盛り上がっているかのように会話せしめる」程度の力です。さて、セックスするなりお付き合いの契約を交わすなりして区切りをつけると、セックスエンジンはお休みです。いつまでもそんなものを使っていたら最悪死ぬ。これからは永遠を共に過ごすのであるのだから自然体で愛し合うのです。つまりだ! 素っ気ない行動は愛が冷めたわけではなく、いままでがむしゃらなやり方をしていたのを通常運行に戻しただけの話なのだ。
 それがわかってても愛されてる実感がほしい女がいるよね。「それでも運命の人なら私を満足させてくれるはず!」。そういう女を騙してくれる男はいくらでもいるので浮気したらいいと思うよ。バレない限りは。

 (なにが言いたいんだよ)

 そうそう、運命の人はいないっていう話だった。理想像をもってても、それにピチッとはまる男なんていませんー。眠ってなんていまーせーんー(ネタが古い)。
 仲がいいカップルっていうのは、お互いが理想像になったカップルですよね。理想像から恋人を探すんじゃなくて、恋人が理想的に見えてくる。愛の力ってそういうものよね(はぁと)



 恋愛経験ゼロのくせによくこういうことが書けるな私は。
 分析ばかりしてても恋人はできないのにね。
 穴はいっぱいあるだろうから、そこんとこは大目に──いや、生温かい目で見ててよ。
posted by clown-crown at 01:38| パリ ☀ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月10日

Mのきもち

 マゾヒストのことだよ。

 SとMは表裏一体というのに、なんで私はMの気持ちがわからないのか、うーんうーん唸って頭ン中ぐるぐるしてMの人に聞いてみたりして少しずつわかってきた気がするよ!

 コミュ障だからさ!

 コミュ障コミュ障って免罪符のように安売りしてるけれど、あれホントは人見知りじゃなくて空気読めない人を指すらしいね。でも私は人見知りの意味で使ったよ。マジメ系クズって言葉もあるよね。これもだいたい似たような人間を指すんじゃないのかなあ。しゃべらない人間はマジメに見えるね。

 話が逸れたな……。
 コミュ障ってのは字面の通り、相手に伝える能力が働いてないだけで、考えることはちゃんと考えてるんだよね。なんでそれを出さないのか。そりゃ気質的に無理ってことなんだけれど、その気質ってなにってこと。

 自信がない。これがいちばん大きい理由だろうな。自分に自信がないから、自分のことを表現できない。否定されたらどうしよう、嫌な顔をされたらどうしよう、間違ったことを言っていたらどうしよう、とまあそんなことを考えてしゃべれなくなってしまう。しゃべるってのは賭けだ。しゃべると好感度パラメータが上下する。しゃべらずにやり過ごすのも一手ではあるけれど、なにもしないとじわじわ蒸発するものさ好感度ってのは。

 コミュ力がない。自信がなくてコミュ障になると、しばらくしてコミュ力がなくてコミュ障が進行する。当たり前だ、経験値が獲得できないんだから。コミュ力がなくてコミュ障になって、コミュ障だからコミュ力がないのだ。

 めんどい。うん、めんどくさがりなんだ、すまない。私だってちゃんと人間らしく振舞っていた時期もあった。でもねー、なんだろうねー、あれねー、スイッチ入れっぱなしってのはエコじゃないんだよ。私は人間初の省エネ大賞受賞を夢見てるんだよ。怠惰スーツほしい。

 Mの話しようとしてたら、欝っぽい話になってたねえ。でもこれ必要な話なんで、カットできない。

 必要なのは、私がめんどくさがりってことなんだよ。

 私はねー、あんまり人間っぽくなろうと努力してないんだよね。人間っぽくっていうとわかりにくいかな、どうだろう? 普通っぽくっていえばわかる? いい人になろうと思ってがんばったら精神科医にかからないといけなくなるような、根が悪い人間なんだよ。ひゃはは。

 人間ってホントにおしゃべりが好きか? めんどくさい人間関係を捨てられなくて間をもたせてるだけじゃないのか? 仮におしゃべりが好きなんだとしても、それは自分の話をしゃべりたいだけで、相手の話なんてどうだっていいんだろ? ああん? 素直になれよ。

 みんな人間の皮をかぶってるんだよ。真の人間なんてどこにもいないのに、みんなそれをお手本にして、自分が人間なんだと思い込ませて生活してる。ホントに人間なの?

 ド底辺のクズじゃないの? 虫けらにも劣るゴミでしょ? 澄ました顔で、ホントはぐちゃぐちゃな脳みそを抱えてるんでしょ? つまらないプライドにすがり付いてなんとか生きてるだけの愚物なんだろ?

 私は、そういうがんばりがない。がんばりなんてめんどくさいからしてない。素ってわけでもないけどね。

 Mっていうのは、がんばってる人なんだろうね。がんばっている状態が常態になるようにがんばっていて、ひたすらずっとがんばっていて、ずっとずっとがんばり続けてきた、もう当たり前になったがんばりをでもどこかで誰かに認めてほしくて、「私の前ではがんばらなくていいんだよ」とがんばらない自分を認めてほしい。そんな人。
posted by clown-crown at 00:02| パリ ☁ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月07日

オラ東京さ行ってきただ

 モノノケ市というイベントが東京で開催すると聞いてeikaさんに「いっしょに行きましょう」と誘った。モノノケ市の開催地は京都だということが一週間前に判明する。でもまあせっかくなので東京行ってきただ。



 今回は車です。
 長距離を車でドライブするたびに痛感しては忘れるんだけれど、公共交通のほうが安価である。価格は重要な基準なので、今後は忘れないようにしたい。

 金曜夕方から高速に乗ってSAで仮眠摂り摂り土曜朝早めにeikaさんとやべえさんに合流して東京に向かいスカイツリーとすごろく屋に行ってやべえ邸で買ったゲームなどを遊びながら寝て日曜起きたら適当に帰るスケジュール。

 まず水曜にeikaさんが遊べないかもしれないと言ってきてオフ会の危機、「こりゃ中止かなー」と思いながら待っていたら金曜の5時ぐらいに「大丈夫です!」と連絡が来たので急いで出発。
 時間的にはたっぷり余裕があるのですけれど、明るいうちに高速道路の走りに慣れておかないと、またなにかやらかしそうで怖かったのです。
 そういえばなにもお土産を買ってなかったので静岡SAでお茶系お菓子をみっつほど購入する。このときに珈琲無料券をもらった。なかなか眠れないので鉛筆を買ったり、コンビニ弁当(スパゲティチキンカレーピラフ)食べたりしていた。田舎のSAはお茶がタダなのでいいですね。静岡のお茶はうまい。
 けっきょくちゃんと寝たのは海老名SAでした。その前に深海魚展示してるSAがあったけれど、あれはどこだったかな。で、やべえさんが起きたのを見計らって合流地点に到着。たまプラーザというなんだか気の抜けた駅は、時間が早いせいでほとんどのお店が始まっていない。ぼんやりしばらく待ってやべえさんと合流。普通の人でした。ちなみに私はカジュアルなスーツで……なんだよそれって、ジャケットなんだけど。ほら、ホスト風のスーツっぽいんだけれどやたらオシャレ服ってあるじゃん? あれを薄めたようなやつを着てました。長髪とあいまって音楽家みたいだと思った(個人の使用感です)。あとはeikaさんですね。早めに到着できそうとあらかじめ言っていました。私たちが合流したことを聞くとあと20分ぐらいで着くと言っていました。けれどなにか得体の知れない現象の介在により、少しだけ遅れて合流しました。ウカツ! 服装はジェダイみたいなマント羽織ってた。ライトセーバもってたら完璧だったね。

 eika ウカツ!

 スカイツリーは以前の人狼メンツと行ったときほどは並んでなく、わりとするっと入れました。スカイツリー内部では宝探しイベントが開催されていて、その暗号を解いてゆくところスカイツリーをさらに昇らないといけないことが予測されたので(上の展望階層に昇るには入場料とはまた別途お金がかかる)断念しました。やっぱり商売ですね。無料で参加できるってのは虫が良すぎると思ってたんだ! 腹立ち紛れに書くけれど、スカイツリーのお姉さんのイントネーションがおかしかったんだけれど、あれは語学に秀ですぎて日本語を使用する機会が少ない方たちだったんですかね。
 景色はよかったですよ。高所恐怖症の私は縁に身を乗り出して下を覗くなんてことはできませんでしたけれど。でも、ガラス床には立ったぜ!(謎の反発心)
 スカイツリーの根元には和風のお店が並んでいてものすごく心が惹かれました。刀風番傘とかあったし。お腹が空いててスルーだったのが悔しい。
 スカイツリー内のお店はべらぼうに高いということで、覚えてない駅で降りてなんだかよくわからない中華料理店で食べました。隣は二郎系ラーメンでした。ひとりのときはそーゆー店に入ってみたいものですね一回でいいから。私とeikaさんが八宝菜でやべえさんが麻婆茄子。中華って外れはないと思うんですよ。値段の高い店はそれなりの店構えしてるから避けられるし、量が多いことはあっても少ないことはない。味もわりと安定してる。でも、その店は外れだったかもしれない。悪く言うと同行したeikaさんとやべえさんに気を使わせてしまうかもしれないけれど。責任は店にある。味は悪く悪いというほどではないけれど、なんだか野菜くささ(きのこくささ?)が残っていたし、スープはやたら酢っぽい。白飯はうまかったのが慰め。やべえさんは麻婆茄子が辛すぎてご飯大盛りで頼んでいたのにさらに追加注文するはめになったし(有料)、それでも食べきれない辛さだった(あとで発覚するのだがやべえさんはけっこう食べる人)。これはウカツ!でしたね。

 やべえ ウカツ!

 eikaさんが頭痛がするというので薬を買ったあと(スカイツリーで昇降した気圧変化の影響か?)、すごろく屋に到着。いやあ、いろんなゲームがありますね。私はもともと買うつもりだったDixitの拡張版を買いました。拡張版なるものはひとつなのだと思い込んでいたら、拡張版4まで出ているらしい。2と3を買ったのだぜ。4は品切れだったのだぜ。拡張版にはただ変な絵の描いてあるカードが入っているだけで説明もなにもない。これは絵を買うようなものなのだ。私はそれとプラス、マスカレイドを買ったぜ。Dixitは3人以上いないと遊べないゲームで、ぼっちの私は3人以上で集まる機会がなかなかないので2人で遊べるゲームがほしかったのだ。このゲームはやべえさんも買ったので、東京の方はやべえさん邸で遊ぶといいよ。
 ゲーム内容は、誰がなんのキャラなのか確定しない状況(自分さえ)で、自分がもっているはずのキャラの能力を使ってお金を稼ぐゲームです。記憶力と推理力が試されるよ! 記憶力のない私が買うべきゲームではなかったが、いいのだ。絵がいいから(絵を重要視するclown-crown(仮)さん)。あとはブギーポップのイラストレータの人が絵を描いたUNOっぽいゲームを買うか悩んだけれど、やべえさんが買ったんで私はやめた。ほかにもシェフィとかいろいろあったね。

 歩き疲れたのと、ゲームを買っってほくほくしたのとで、足早にやべえ邸に向かうが、途中で誰も傘を持っていないことに気付く。すごろく屋の玄関前に置いてきてしまったようだ。はじめに気付いたやべえさんはウカツ!度が低くなると自分で弁論していたのだけれど、私の傘は骨が折れてていつ捨てるか迷ってた傘だし、eikaさんはビニー傘だったので、金銭損害はやべえさんがいちばんだろう。ウカツ!は免れぬ。

 c ウカツ!
 eika ウカツ!
 やべえ ウカツ!

 まあ、あとはゲーム三昧でしたよ。マスカレイドとかUNOみたいのとかドラフトワークとかアリスのお茶会とか王宮のささやきとかやりました(Dixitは本体がないので遊べない)。eikaさんはケモナーのようだ。
 夕食はやべえさんに寿司を奢ってもらって(やべえさんは1人前セットを平らげたあとサーモンとアナゴ(めちゃ長い)を頼んで、さらに海栗の炙り飯を食べていた)、帰りにコンビニで酒とかお菓子買ってまたゲーム三昧だった(やべえさんはポテトチップスもばりばり食べた)。

 私はいつの間にか寝てた。eikaさんはやはり忙しいらしく、早朝にやべえ邸を発つというので、私もいっしょに帰ることにした。eikaさんをたまプラーザまで車に乗せて。このとき私はまだ後の起こる悲劇を知らなかった!
 帰りは順調でしたね。行きは90km/hぐらいでゆっくり走っていて、帰りは平均して110km/hぐらいかな。やべえ邸はゆっくりできるし、車中も私のテリトリ内なんだけれど、それでも家のベッドで寝るに勝るものはないからね。高速道路を走っている途中でやべえさんからskypeの通知が来て「挨拶かな? やべえさんは律儀だな」と思ってそのまま走行、静岡SAで内容を見たら「eikaさんが車に置いてあった枕をもっていってしまったらしいので電話してください。090-××××-××××」だってさ。どうしたら枕がeikaさんの手荷物に紛れるのだろうか。ウカツ!っていうか、なんか次元が違うよね。まあ、温厚なclown-crown(仮)さんはそんなことで腹を立てたりせず、珈琲無料券を使っておいしい珈琲を啜りながら「じゃあ次のオフ会企画してね」で済ますスマートな紳士である。

 はてさて、注目の総合得点は。

 c ウカツ!
 eika ウカツ!ウカツ!ウカツ!
 やべえ ウカツ!ウカツ!

 さすが初代迂闊者の称号をもつeikaさんである。
 しかし、このオフ会を企画したのはそもそもモノノケ市に参加するためで、東京ではなく京都だということを1週間前まで気付かずにやべえさんに指摘されてはじめて気付くそのウカツ!さこそ次世代を期待されたウカツ!ではないだろうか。

 c +30000ウカツ!

 再計算すると、

 c ウカツ!+30000ウカツ!
 eika ウカツ!ウカツ!ウカツ!
 やべえ ウカツ!ウカツ!

 clown-crown(仮)さんの優勝である。
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2014年06月27日

うちの子と聞いて感じる違和感についての続き

 前回:http://clown-crown.seesaa.net/article/400229684.html

 「うちの子」以前からある似た言い回しに「俺の嫁」がある。これについて言及するのを忘れていた。
 前エントリに反響があって続きを書いているわけではないことをここに記す。

 俺の嫁には別になんも感じない。
 うん。気持ち悪い、と確か感じていたはずなのだけれど、その感情は風化した。うちの子と違って俺の嫁には明確なギャグの意識を読み取れるので、わざわざツッコまないのだ。ギャグだからツッコまないというのもおかしな話だが。そんなベタなギャグにツッコむほど私のツッコみは安くない。頭の中で「しら〜(白けているときの効果音)」ぐらいはたまに言っている。



 この話はしたっけ? 懐かしきオリジナル小説投稿サイト登竜門での話。あとがきで「未熟な作品ですが生温かい目で見守ってください」という言い回しがよく使われていた頃があった。
 誰かがギャグで使ったのだろう。そんで面白かったからほかの人が真似したのだろう(そう思いたい)。言葉になにより敏感なはずの物書きが大真面目にそんな言い回しをしていたとは思いたくない。しかし、どう考えても大真面目なあとがきで使われていることがあった。

 まあ、でも、そういうものかもしれないね。若さというやつは(煙草をくゆらせながら)。
 貪欲な吸収力こそが若人の特権なのだよ。吸収すべきか躊躇するよりも、吸収したあとで失敗だと思えば削ぎ落とせばいい。年齢を経てくると、どうしても頭が固くなって物事を受け入れられなくなるからねえ。

 若いもんの言葉遣いに難癖をつけるなんて、いかにも頑固老人じゃないか。子供が産まれたときが心配だなんて、いかにも馬鹿な大人が子供を叱る屁理屈だ。





 あれ? 反省文を書くつもりじゃなかったんだけれど、なんでこんな話の結びになったんだ。

 人間は否応なく変わってゆく。年老いる。変わらないと思うならば、それは未来予想が先行きすぎているからだ。もっと足元でピントを合わせると変化が見える。



 そういえば野次が問題になっているね。女性議員に女性蔑視の野次(「自分が早く産めばいい」「産めないのか」「早く結婚したほうがいいいんじゃないか」)を飛ばしたおっさん議員がいるとかいないとか(聞き間違い説もある)。その野次の発言元が特定できなくて「名乗り出ない卑怯者」だとか言って怒っている。「周囲の議員も野次を飛ばした議員がわかっているはずなのに告発しない隠蔽体質だ」とかも(今はもう本人が名乗り出ている)。なぜかその野次問題に田中真紀子を引っ張り出して橋本首相に「種無しかぼちゃ」と発言したことが取り上げられていたりして「男性蔑視発言では問題にならないのは性差別では」だとか言って怒っている人もいる。「そもそも野次が上がるなんて議会は小学校の学級崩壊か」も出てるんじゃないかなあ。
 なんで田中真紀子なのか知らんけど、そのときすでに田中真紀子だってわかってるんだから卑怯者・隠蔽体質とは切り分けて考えるべきだよね。で、性差別というけど、野次を取り上げてるのはマスコミだよね。女性議員は顔がいいから被害者にしとけばプロパガンダになるってだけでしょう。マスコミが橋本首相をかわいそうな被害者だと煽っても視聴率も購買数も稼げんわい。「火が着くから火を着けられる。火が着くのが問題である」ってんならそれはそうだろうねー。性差別って身近なものだから暇な人にとっては手頃な話題なんだよ。
 だからあれは田中真紀子だから問題にならなかったんじゃなくて(ずけずけものを言うキャラクタとして広く認識されていたし)、あの時代だから問題にならなかったんじゃないかと思うんだよね。今はみんな暇だから傷つきやすくなってるんじゃないかな。平和だよね。

 ということで、人間は変わる話でした。
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2014年06月25日

うちの子と聞いて感じる違和感について

 父母が自分の息子・娘を指し示す言葉「うちの子」。
 ペットも含めていいと思う。世話をしているのならば、子供でもペットをうちの子呼ばわりしていても違和感はない。「家(うち)の仔」。

 私が違和を感じるのは、オリジナルのキャラをうちの子と呼ぶことだ。
 無性生殖なのかな。

 なんだろうね。
 私はキャラ萌えしないからかな。すごく奇妙で不気味に見える。そりゃあさ、自分の考えたキャラクタが他人に無碍に扱われていたら腹立つけれどさ。あの人たち、親バカっていうのか、溺愛してるじゃん。それ完全に自分が一から作った存在じゃん! それ褒めるってことは自分褒めるってことだよね? ナルシストならナルシストでも構わないんだけれど、それについて無自覚なのが怖い。マジでやってるよね。



 関係あるのかわからないけれど。
 漫画の主人公の親がいわゆる毒親として描かれていると無性に腹が立つ。弱虫ペダルの母親とか。あれは別に毒ってわけじゃなくて、むしろ「ちょっと天然で抜けてるかわいいお母さん」になっている。それでも許せない。私はなにに対して怒っているのだ?
 うーん、なんか、私の頭の中では「親は正しくあるべき」だなんて倫理が存在しているようだ。
 たぶん私はわかっているのだ。私の親は全面的に正しいと思いたがっているけれど、必ずしも正しくないことを。親だって人間なんだ。間違ったことをするし、悪いこともする。子供の私は理解に抗う。マザコンなんだよね。マザコンなんだ。
 もういい歳なんだから親離れしろよ。そんで子離れさせてやれよ。



 自分の創作キャラを「うちの子」と呼んでいるのを見るたびに、私は「その人が本当に親になったときの我が子への接し方」を連想してしまうのだ。まるで自分の所有物であるかのように子を溺愛する姿。それが視えるから苦しいのだ。まことに勝手ながら。





 悪い愛もあるという話。
 それだけならささっとTwitterで書きゃいいんだけど、内容が爆発物だからこっちに書いた。Twitterでは躊躇もするけどclown-crown(仮)さんは自重しない。
 いけー! やれー!! 自覚なき変態露出自慰犯をぶちコロせー!!!
posted by clown-crown at 02:54| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

当事者になりたくない

 という傾向が私にはある。

 これまではアクシデントからの回避率を極振りしていたと認識していた。その理由が見えてきた。どうやら私は私の人生において主人公になりたくなかったようなのだ。主人公は責任追及されるからなあ。

 ちょっと論理が飛びすぎてるな。文章の書き方を忘れてる。

 私がなぜこんなにも逃げ腰だったのかといえば、決断をしたくなかったからだ。アドベンチャゲームのように選択肢が出てこない現実世界では選ばないことを選べる。選ばないことによって「私は選んでいない」と責任追及の手から逃れることができるのだ。選挙権を自ら捨てるバカとメンタルが同じであるな。

 さいきんは自分で選ぶことの楽しさをかみ締めている。こんなに面白かったのか。大人というのは。もしかしたら今まで私は生きていなかったのかもしれない。人生の難易度も上がったが、この楽しさを味わえるのなら悪くない。

 おそらくだけれど、過去の私のような人間がこれから増える。冒険をせず、ギャンブルをせず、安定した人生をまっすぐ進む人間だ。それは親が決めた道だ。よく言われる喩えで面白くもなにもないけれど。親は子供に「こうしたらよかった」という道を歩ませたがる。子供は刷り込まれている。夢に向かえ、と言うんじゃない。自分で決めろ、と言っている。自分で決めたのなら安定した道も楽しめるはずだ。楽しいか?

 私はこれから、いままで顔を背けてきたことに手をつけていこうと思う。メンドいなーと思うけれど、はじめたらきっと楽しくなる。とりあえず、人間に対面してみようか。
posted by clown-crown at 02:17| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月18日

親子愛とかなんとかいろいろ

 http://kijosoku.com/archives/38363141.html

 自分がどこまで許容されるか、そのアウトラインを計りたくなることはある。
 今の私は着物で出かけることが多く、髪も金色である。これもアウトラインを知るための行動といえなくもない。世間の目は私をどこまで許容するか。

 リンク先の彼女は、アウトラインを理解する前に、向こう側に触れてしまった。彼がいい大人だったからだ。
 いい大人。いい大人は感情をあらわにしないし、感情的になりそうになっても我慢が効く限り我慢する。いい大人は我慢が上手だ。だからアウトラインが分かりにくく、ともすれば無限に許してくれるように思えてしまう。これはもうアウトラインを知りたいなどとかわいい言葉で表現すべき事態ではなく、どこまでも甘やかされたいわがままというべきだ。

 彼女の非は甘えすぎたことにある。ほかの人とは違う家庭環境・父の身体のせいで自分は特殊であると思い込んでしまった。

 彼の非は我慢をしすぎたことにある。おそらく一般家庭の父親以上に温かい家庭を作ろうとしたのだろう。理想的でない部分は自分が我慢することで無視をしてきた。我慢できるギリギリまでもちこたえた。我慢できなくなればそれまでの不満がどっと押し寄せてくる。心はそういうものだ。理想を目指さず、無理のない範囲で楽しく過ごせばよかった。聖人君子などではないことを娘に示してやれればよかった。

 ガス抜きをしないといつか必ず破裂する。
 私はいつも限界を低く見積もって行動している。このやり方がいいとは言えない。でも、そのおかげか致命的なダメージはまだ負ったことがない。
posted by clown-crown at 00:46| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

なんだか自分ではないような。照れくさくて恥ずかしい。

◆ポーン > cさんオフオフレポ。 [2014/5/12 08:39:14]
◆ポーン > 豊川というお稲荷をシンボルにした観光地だった。cさんは狐面をつけて登場。 [2014/5/12 08:40:07]
◆ポーン > 長身に着物、レザーのグローブにブーツという出で立ち。面を取れば涼しげな金髪。京極夏彦や格ゲーのキャラになれると思った。 [2014/5/12 08:42:09]
◆ポーン > 部屋で甚平に着替えたらヤンキーっぽく見えた。 [2014/5/12 08:42:39]

◆さま > cさんはほとんど二次元といっていい見た目の人だった。行動も。 [2014/5/13 00:23:03]
◆さま > 大変お世話になりました。cさんの家も、豊川という町も、とても居心地がよかった。 [2014/5/13 00:24:43]
◆さま > 豊川という町・・・ [2014/5/13 00:25:55]
◆さま > あらゆる店の店先にデザインの統一された張り子の狐が置いてあるのだが、それがピテラそっくりで、それに気づいたとたんものすごく気持ち悪 いや面白かったが [2014/5/13 00:28:26]
◆さま > cさんに稲荷バーガーをご馳走になった(他にもいろいろご馳走になった) [2014/5/13 00:29:32]

 こういうのはとっておいて、いざというときにポーションとして使用する。
posted by clown-crown at 01:33| パリ ☀ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月04日

NiToRo

 ブログ書きたかったんだけれど、書くことなかったのよな。

 創作系をこのブログで公開するっつー設定だったわけ。でも、さいきん作ってるのは小説でも漫画でもゲームでもなくて狐面だったからなー。そーゆーのはツイッターで公開してるんよ。しょうがないから性的嗜好の話をしようっかなーとか思う。

 純愛→ハードコア→猟奇→純愛。性的嗜好ってこのローテーションを繰り返すみたいなことをよく言われるんだけれど、私には当てはまらなくて猟奇をどんどん突き抜けてくのよね。先端に進めば進むほど先細りするわけで、なかなか満足が得られない。悲しいです。
 そんな中で常に一定の需要を満たしてくれるのがNTRなのさ。なんでだろう。なんでかは昔のエントリで書いた気がする。私の興味あるのは他人の思考のコントロールで、NTRはここを最高に刺激してくれるんだよね。愛と正道を捻じ曲げることほど面白い洗脳はないっしょ。
 やり方はわかってるんだけれど、私という人間の器が全然そこに足りてない。全然まったく。むしろ苦手な技能。技術は道具なのだから、いざというときのためにいつでも使えるよう磨いておかなければならないのに、駄目駄目ね。
 ブレインウォッシュ。洗うんじゃなくて染め直したい。作り変える。まずは自分をだ。
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2014年03月28日

右手に見えますのが血の池、左手に見えますのが針の山でございます。

「火傷がなかなか治らないなー。もう半年以上治らないなー」
 って皮膚科に行ってみたら、
「アトピー性皮膚炎です。ステロイド処方しておきます」
 薬もらった。

 これがよく聞くステロイド地獄の一丁目か!
 そういや皮膚ガサガサは身体のいたるところに散見されるのだ。肌の質感が和紙みたいなのだ。ふむ、ひとり暮らしを続けて、生活習慣が悪化し、その弊害が巡ってきたようである。昔はこうではなかった。

 薬でアトピーを根絶することはできないらしい。治すのは生活習慣。
 規則正しい生活が軌道に乗れば、また少しぐらいは無茶しても多めにみてくれるんだとか。アトピーさんが。もうずっと肉は制限しなければならない、とかにはならなくてよかったよかった。

 でもどういう生活を送ればいいのかよくわからんのだよね。医者は薬処方しただけ。
 だから検索してみたのさ。まず睡眠はたっぷり摂る。身体を温かくしすぎない。潤い絶やすな。患部は清潔に。でも、肝心要の食事療法がばらんばらんなのよね。
 肉は駄目だ鶏胸肉は食えとか、栄養摂れと言いつつ絶食しろとか、玄米を食えいいや白米を食えとか。どっちやねん。まだ治療法が確立してはいないくさい。個人差が大きいのかも。

 とりあえず健康を志向してみるぜー。
posted by clown-crown at 21:22| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする