2014年06月27日

うちの子と聞いて感じる違和感についての続き

 前回:http://clown-crown.seesaa.net/article/400229684.html

 「うちの子」以前からある似た言い回しに「俺の嫁」がある。これについて言及するのを忘れていた。
 前エントリに反響があって続きを書いているわけではないことをここに記す。

 俺の嫁には別になんも感じない。
 うん。気持ち悪い、と確か感じていたはずなのだけれど、その感情は風化した。うちの子と違って俺の嫁には明確なギャグの意識を読み取れるので、わざわざツッコまないのだ。ギャグだからツッコまないというのもおかしな話だが。そんなベタなギャグにツッコむほど私のツッコみは安くない。頭の中で「しら〜(白けているときの効果音)」ぐらいはたまに言っている。



 この話はしたっけ? 懐かしきオリジナル小説投稿サイト登竜門での話。あとがきで「未熟な作品ですが生温かい目で見守ってください」という言い回しがよく使われていた頃があった。
 誰かがギャグで使ったのだろう。そんで面白かったからほかの人が真似したのだろう(そう思いたい)。言葉になにより敏感なはずの物書きが大真面目にそんな言い回しをしていたとは思いたくない。しかし、どう考えても大真面目なあとがきで使われていることがあった。

 まあ、でも、そういうものかもしれないね。若さというやつは(煙草をくゆらせながら)。
 貪欲な吸収力こそが若人の特権なのだよ。吸収すべきか躊躇するよりも、吸収したあとで失敗だと思えば削ぎ落とせばいい。年齢を経てくると、どうしても頭が固くなって物事を受け入れられなくなるからねえ。

 若いもんの言葉遣いに難癖をつけるなんて、いかにも頑固老人じゃないか。子供が産まれたときが心配だなんて、いかにも馬鹿な大人が子供を叱る屁理屈だ。





 あれ? 反省文を書くつもりじゃなかったんだけれど、なんでこんな話の結びになったんだ。

 人間は否応なく変わってゆく。年老いる。変わらないと思うならば、それは未来予想が先行きすぎているからだ。もっと足元でピントを合わせると変化が見える。



 そういえば野次が問題になっているね。女性議員に女性蔑視の野次(「自分が早く産めばいい」「産めないのか」「早く結婚したほうがいいいんじゃないか」)を飛ばしたおっさん議員がいるとかいないとか(聞き間違い説もある)。その野次の発言元が特定できなくて「名乗り出ない卑怯者」だとか言って怒っている。「周囲の議員も野次を飛ばした議員がわかっているはずなのに告発しない隠蔽体質だ」とかも(今はもう本人が名乗り出ている)。なぜかその野次問題に田中真紀子を引っ張り出して橋本首相に「種無しかぼちゃ」と発言したことが取り上げられていたりして「男性蔑視発言では問題にならないのは性差別では」だとか言って怒っている人もいる。「そもそも野次が上がるなんて議会は小学校の学級崩壊か」も出てるんじゃないかなあ。
 なんで田中真紀子なのか知らんけど、そのときすでに田中真紀子だってわかってるんだから卑怯者・隠蔽体質とは切り分けて考えるべきだよね。で、性差別というけど、野次を取り上げてるのはマスコミだよね。女性議員は顔がいいから被害者にしとけばプロパガンダになるってだけでしょう。マスコミが橋本首相をかわいそうな被害者だと煽っても視聴率も購買数も稼げんわい。「火が着くから火を着けられる。火が着くのが問題である」ってんならそれはそうだろうねー。性差別って身近なものだから暇な人にとっては手頃な話題なんだよ。
 だからあれは田中真紀子だから問題にならなかったんじゃなくて(ずけずけものを言うキャラクタとして広く認識されていたし)、あの時代だから問題にならなかったんじゃないかと思うんだよね。今はみんな暇だから傷つきやすくなってるんじゃないかな。平和だよね。

 ということで、人間は変わる話でした。
posted by clown-crown at 03:33| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月25日

うちの子と聞いて感じる違和感について

 父母が自分の息子・娘を指し示す言葉「うちの子」。
 ペットも含めていいと思う。世話をしているのならば、子供でもペットをうちの子呼ばわりしていても違和感はない。「家(うち)の仔」。

 私が違和を感じるのは、オリジナルのキャラをうちの子と呼ぶことだ。
 無性生殖なのかな。

 なんだろうね。
 私はキャラ萌えしないからかな。すごく奇妙で不気味に見える。そりゃあさ、自分の考えたキャラクタが他人に無碍に扱われていたら腹立つけれどさ。あの人たち、親バカっていうのか、溺愛してるじゃん。それ完全に自分が一から作った存在じゃん! それ褒めるってことは自分褒めるってことだよね? ナルシストならナルシストでも構わないんだけれど、それについて無自覚なのが怖い。マジでやってるよね。



 関係あるのかわからないけれど。
 漫画の主人公の親がいわゆる毒親として描かれていると無性に腹が立つ。弱虫ペダルの母親とか。あれは別に毒ってわけじゃなくて、むしろ「ちょっと天然で抜けてるかわいいお母さん」になっている。それでも許せない。私はなにに対して怒っているのだ?
 うーん、なんか、私の頭の中では「親は正しくあるべき」だなんて倫理が存在しているようだ。
 たぶん私はわかっているのだ。私の親は全面的に正しいと思いたがっているけれど、必ずしも正しくないことを。親だって人間なんだ。間違ったことをするし、悪いこともする。子供の私は理解に抗う。マザコンなんだよね。マザコンなんだ。
 もういい歳なんだから親離れしろよ。そんで子離れさせてやれよ。



 自分の創作キャラを「うちの子」と呼んでいるのを見るたびに、私は「その人が本当に親になったときの我が子への接し方」を連想してしまうのだ。まるで自分の所有物であるかのように子を溺愛する姿。それが視えるから苦しいのだ。まことに勝手ながら。





 悪い愛もあるという話。
 それだけならささっとTwitterで書きゃいいんだけど、内容が爆発物だからこっちに書いた。Twitterでは躊躇もするけどclown-crown(仮)さんは自重しない。
 いけー! やれー!! 自覚なき変態露出自慰犯をぶちコロせー!!!
posted by clown-crown at 02:54| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

当事者になりたくない

 という傾向が私にはある。

 これまではアクシデントからの回避率を極振りしていたと認識していた。その理由が見えてきた。どうやら私は私の人生において主人公になりたくなかったようなのだ。主人公は責任追及されるからなあ。

 ちょっと論理が飛びすぎてるな。文章の書き方を忘れてる。

 私がなぜこんなにも逃げ腰だったのかといえば、決断をしたくなかったからだ。アドベンチャゲームのように選択肢が出てこない現実世界では選ばないことを選べる。選ばないことによって「私は選んでいない」と責任追及の手から逃れることができるのだ。選挙権を自ら捨てるバカとメンタルが同じであるな。

 さいきんは自分で選ぶことの楽しさをかみ締めている。こんなに面白かったのか。大人というのは。もしかしたら今まで私は生きていなかったのかもしれない。人生の難易度も上がったが、この楽しさを味わえるのなら悪くない。

 おそらくだけれど、過去の私のような人間がこれから増える。冒険をせず、ギャンブルをせず、安定した人生をまっすぐ進む人間だ。それは親が決めた道だ。よく言われる喩えで面白くもなにもないけれど。親は子供に「こうしたらよかった」という道を歩ませたがる。子供は刷り込まれている。夢に向かえ、と言うんじゃない。自分で決めろ、と言っている。自分で決めたのなら安定した道も楽しめるはずだ。楽しいか?

 私はこれから、いままで顔を背けてきたことに手をつけていこうと思う。メンドいなーと思うけれど、はじめたらきっと楽しくなる。とりあえず、人間に対面してみようか。
posted by clown-crown at 02:17| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月18日

親子愛とかなんとかいろいろ

 http://kijosoku.com/archives/38363141.html

 自分がどこまで許容されるか、そのアウトラインを計りたくなることはある。
 今の私は着物で出かけることが多く、髪も金色である。これもアウトラインを知るための行動といえなくもない。世間の目は私をどこまで許容するか。

 リンク先の彼女は、アウトラインを理解する前に、向こう側に触れてしまった。彼がいい大人だったからだ。
 いい大人。いい大人は感情をあらわにしないし、感情的になりそうになっても我慢が効く限り我慢する。いい大人は我慢が上手だ。だからアウトラインが分かりにくく、ともすれば無限に許してくれるように思えてしまう。これはもうアウトラインを知りたいなどとかわいい言葉で表現すべき事態ではなく、どこまでも甘やかされたいわがままというべきだ。

 彼女の非は甘えすぎたことにある。ほかの人とは違う家庭環境・父の身体のせいで自分は特殊であると思い込んでしまった。

 彼の非は我慢をしすぎたことにある。おそらく一般家庭の父親以上に温かい家庭を作ろうとしたのだろう。理想的でない部分は自分が我慢することで無視をしてきた。我慢できるギリギリまでもちこたえた。我慢できなくなればそれまでの不満がどっと押し寄せてくる。心はそういうものだ。理想を目指さず、無理のない範囲で楽しく過ごせばよかった。聖人君子などではないことを娘に示してやれればよかった。

 ガス抜きをしないといつか必ず破裂する。
 私はいつも限界を低く見積もって行動している。このやり方がいいとは言えない。でも、そのおかげか致命的なダメージはまだ負ったことがない。
posted by clown-crown at 00:46| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

なんだか自分ではないような。照れくさくて恥ずかしい。

◆ポーン > cさんオフオフレポ。 [2014/5/12 08:39:14]
◆ポーン > 豊川というお稲荷をシンボルにした観光地だった。cさんは狐面をつけて登場。 [2014/5/12 08:40:07]
◆ポーン > 長身に着物、レザーのグローブにブーツという出で立ち。面を取れば涼しげな金髪。京極夏彦や格ゲーのキャラになれると思った。 [2014/5/12 08:42:09]
◆ポーン > 部屋で甚平に着替えたらヤンキーっぽく見えた。 [2014/5/12 08:42:39]

◆さま > cさんはほとんど二次元といっていい見た目の人だった。行動も。 [2014/5/13 00:23:03]
◆さま > 大変お世話になりました。cさんの家も、豊川という町も、とても居心地がよかった。 [2014/5/13 00:24:43]
◆さま > 豊川という町・・・ [2014/5/13 00:25:55]
◆さま > あらゆる店の店先にデザインの統一された張り子の狐が置いてあるのだが、それがピテラそっくりで、それに気づいたとたんものすごく気持ち悪 いや面白かったが [2014/5/13 00:28:26]
◆さま > cさんに稲荷バーガーをご馳走になった(他にもいろいろご馳走になった) [2014/5/13 00:29:32]

 こういうのはとっておいて、いざというときにポーションとして使用する。
posted by clown-crown at 01:33| パリ ☀ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月04日

NiToRo

 ブログ書きたかったんだけれど、書くことなかったのよな。

 創作系をこのブログで公開するっつー設定だったわけ。でも、さいきん作ってるのは小説でも漫画でもゲームでもなくて狐面だったからなー。そーゆーのはツイッターで公開してるんよ。しょうがないから性的嗜好の話をしようっかなーとか思う。

 純愛→ハードコア→猟奇→純愛。性的嗜好ってこのローテーションを繰り返すみたいなことをよく言われるんだけれど、私には当てはまらなくて猟奇をどんどん突き抜けてくのよね。先端に進めば進むほど先細りするわけで、なかなか満足が得られない。悲しいです。
 そんな中で常に一定の需要を満たしてくれるのがNTRなのさ。なんでだろう。なんでかは昔のエントリで書いた気がする。私の興味あるのは他人の思考のコントロールで、NTRはここを最高に刺激してくれるんだよね。愛と正道を捻じ曲げることほど面白い洗脳はないっしょ。
 やり方はわかってるんだけれど、私という人間の器が全然そこに足りてない。全然まったく。むしろ苦手な技能。技術は道具なのだから、いざというときのためにいつでも使えるよう磨いておかなければならないのに、駄目駄目ね。
 ブレインウォッシュ。洗うんじゃなくて染め直したい。作り変える。まずは自分をだ。
posted by clown-crown at 23:06| パリ ☁ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月28日

右手に見えますのが血の池、左手に見えますのが針の山でございます。

「火傷がなかなか治らないなー。もう半年以上治らないなー」
 って皮膚科に行ってみたら、
「アトピー性皮膚炎です。ステロイド処方しておきます」
 薬もらった。

 これがよく聞くステロイド地獄の一丁目か!
 そういや皮膚ガサガサは身体のいたるところに散見されるのだ。肌の質感が和紙みたいなのだ。ふむ、ひとり暮らしを続けて、生活習慣が悪化し、その弊害が巡ってきたようである。昔はこうではなかった。

 薬でアトピーを根絶することはできないらしい。治すのは生活習慣。
 規則正しい生活が軌道に乗れば、また少しぐらいは無茶しても多めにみてくれるんだとか。アトピーさんが。もうずっと肉は制限しなければならない、とかにはならなくてよかったよかった。

 でもどういう生活を送ればいいのかよくわからんのだよね。医者は薬処方しただけ。
 だから検索してみたのさ。まず睡眠はたっぷり摂る。身体を温かくしすぎない。潤い絶やすな。患部は清潔に。でも、肝心要の食事療法がばらんばらんなのよね。
 肉は駄目だ鶏胸肉は食えとか、栄養摂れと言いつつ絶食しろとか、玄米を食えいいや白米を食えとか。どっちやねん。まだ治療法が確立してはいないくさい。個人差が大きいのかも。

 とりあえず健康を志向してみるぜー。
posted by clown-crown at 21:22| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月22日

帝国魔導院決闘科をクリアした

 深夜に書いたルートは使いませんでした。おおざっぱに書いただけだしね。

 データを網羅すれば3回ループでクリアもできるかもね。
 必要な技をそろえても剣術値を上げないと勝てないから、剣属性を選んだほうがいいのかな。

 シークレットエンドはノーマルエンドに大幅加筆されたものだった。
 ちゃんと伏線を回収してて安心したよ。最終的にインフレがすごいとこまで突き抜けてて笑う。



 追記
 4周目のつもりだったけど、テキストには3周目って書いてある。
 ってことは2周目クリアも夢じゃない?
posted by clown-crown at 14:04| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

帝国魔導院決闘科をプレイした

 ループものということで(つまらなそうだなあ)とやらず嫌いしていたのだけれど、もしかしたら私が求めている頭脳戦のヒントが得られるかもしれないので試した。ほとんど完璧だった。

 何度もループさせればいくらでも強くなれるけれど、頭を使えば少ないループ数でもクリアが可能なバランスが絶妙だ。
 私はゲームでキャラが強くなることに快感を見出すタイプなので、詰まるのが嫌いだ。解決までの道筋が一本でないと本来はパズルとはいわない。そこまで厳密ではなくとも、パズル的なゲームは往々にして制約が多いものだ。このゲームには脳筋な別解が用意されていて、それを選んでも失敗感がほとんどないのがいい。実にいい。

 パズルの作りこみも、とても優れている。RPGにありがちな戦闘表現を一見踏襲していながら、頭脳戦向けのシステムに書き換えている。戦闘前に使用する技をあらかじめオーダしておくことや、運要素がないことなどだ。しかし、それらはまだ斬新なシステムとは言い難い。ランナーズイクリプスに前例がある。
 特筆すべきなのはMPの概念がないことだ。これは非常に心地よかった。頭脳戦を考えるときにまず考えるのがこのMPだ。使えるリソースを枠で囲ってやれば作り手は楽にプレイヤをコントロールできる。しかし帝国魔導院決闘科はそれを排した。それによってプレイヤコントロールはぐんと難しくなっただろう、でも、プレイヤである私は枠を意識しにくくなった。難しい局面でも詰みの感覚が薄れるのだ。

 近頃の流行であるキャラ重視もちゃんと押さえている。40人登場するにも関わらず、だ。名前がないのがよかったのだろう。
 ストーリにも謎が孕んでいて、キャラやストーリといった私が気にしないポイントも作りこまれている。気付いていないポイントもたくさんあるだろう。

 17回のループでクリアした。初回攻略なので試行錯誤も混じっている。説明書を読むと、4回以内のループでクリアすると別エンディングを見られるようだ。考えてみようか。

 ネタバレするので折り畳むとする。






 舞台裏
posted by clown-crown at 01:34| パリ ☁ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月16日

続赤白黒黄

 曖昧な情報だけでしゃべる。
 黒子のバスケという漫画が週刊少年ジャンプで連載していて、作中人物にはみな色の名前が付けられている。名前に入っている色と髪の色が一致していて、キャラ性を高めている。

 最近のクリエイタはキャラを重視するようだ。濃ければ濃いほどよい。RWBYはキャラと色を関連付けるだけでなく、シンボルまで用意している。

 なんだか学術的になってきた。技術なのだ。理論なのだ。過去の人気作を分解して、要素を取り出し、換骨奪胎。優秀な炭鉱夫がいくらでもいる。サブカルからサブが抜ける日はそう遠くなさそう。

 アニメや漫画はもう古い。
 手探りできる媒体はないものか。
posted by clown-crown at 12:20| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする