2018年12月10日

不条理なルール

 読んでおもしろいかどうかはわからんけれど、とりあえず説明から入ります。

 仕事の話です。私の通常作業の中にある試験があり、この試験がNGだと他部署の作業者を呼んで対応してもらいます。私はペーペーの平社員なので、直接、他部署に作業を依頼することはできません。上司に「NGが出た」と報告して、上司から他部署に連絡してもらいます。さて、テストでNGが出たので上司に連絡をしてもらいました。しかし作業者は現れません。もう一度連絡するように上司にお願いしたら怒られました。曰く「そんなんじゃ俺が休めないだろ。俺がいなかったらどうするんだ」。

 こーゆーの読むだけでも嫌だよね。
 グチカテゴリのエントリなんですけれど、グチで終わるつもりはないのです。

 今までの私だったら「なにが悪かったんだろう。私が知らないなんのルールに抵触したんだ?」と延々悩んでいたことでしょう。なんとか合理化しようと脳を働かせるんですよね。それが完全に不可能なわけじゃない。他部署にコネを作って個人的に連絡することは、不可能じゃない。でも仕事のルールからは逸脱している。上司のマイルールが仕事の大ルールに反したらいかんでしょ。
 低レベルなことを話している自覚はある。簡単にいえば不条理な指示をされたのだ。だが私には発見だった。今までの私だったら現状を重視して大ルールに反していたかもしれない。コネが作れずに板挟みになって硬直していたかもしれない。自我がないので無条件に上司を正しいと思い込みがちなのだ。最近の私は自我をもった──わけではなく、自我がないことを自覚したので「これは不条理な指示だな」と考えることができた。発達。

 ルールが明確でないことが嫌いだ。これはどっかの受け売り「日本では間違ったルールが正されない。上の人間が好きなようにルールを制定し、下の人間が現実的に曲解して運用する」例えば仕事の指示とかだとルールに矛盾が生じたとき、奉仕精神とか人脈によって矛盾をスルーするよね。私はこの奉仕精神とか人脈を強制的に使わされたとき、貯めていたポイントが減った気分になる。がっくりする。

 人間ってさ、他人に課したルールを覚えてないよね。「お前、あのときああ言ったじゃん。他人にやらせたんだから自分で守れよ」とガチギレしても「そんなこと言ったっけ?」って平気でのたまいやがる。たぶん、彼らは叱責や説教に使ったルールをルールだと思っていないのだ。一時的に利用するだけの使い捨ての言葉。私がそれを指摘したところで「そんな古いこと持ち出されても……」とか思っていることだろう。頭にうんこ詰まってんじゃねーの。
 やっぱりグチじゃねーか!


posted by clown-crown at 22:37| パリ ☁| グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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