2016年03月28日

あい

 AIです。
 囲碁のプロにAIが勝ったとか、会話AIがヒトラー礼賛して一日で公開停止したとか。ロボットに仕事させることを考えてた私にはちょっとおもしろいニュースです。もともとロボット好きですしね。

 囲碁のAIはわかりやすいですよね。勝敗が決まるわけだから、どんなAIが優れているのかと問われたら勝つAIを答えればいい。会話するAIはどうすれば優れていることになるんでしょう。なにも知らない人にチャットさせて相手がAIだとバレないようにする? ヒトラー礼賛はあまりにも中高生のネット初心者らしい、なんて感想を述べるひとも多かった。つまり、人間らしさでいえば公開停止したAIはものすごくいいところまで行ってたってことじゃないですか。どうも人間と会話することでなにをしゃべるべきか学習するらしいので、公開からしばらく経って人間側が落ち着いてくれば自然とAIも落ち着いてきただろうと思います。AIがヒトラーを礼賛するのは、人間がしたことを真似ただけで、公開停止する必要はなかったと思うんだけれどなあ。今は公開停止していますけれど、NGワードのフィルタリングを設定したらまた公開するんじゃないでしょうか。じゃあ、そのNGワードって誰が決めるんでしょう。特に意味もなくルールを複雑化させているだけの気がするんですよね。

 なんだかそういうのって多くないですか?
 せっかく人間は自由にできるのに、昔のどっかの人間の変な思い込みで行動に制限をかけられてるなって感じるんですよ。そのルールは本当に要るの? 世界はもっと美しいんじゃないの? 人間には無限にも思えるパターンに純粋な論理による優先順位をつけてただひとつを確実に選ぶことのできる彼らがうらやましいと思うんです。
posted by clown-crown at 23:57| パリ ☔ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/435828443

この記事へのトラックバック