2015年08月10日

0.01の理解

 赤ん坊はなんにでも興味をもち、せわしなく動き回っては母を消耗させる。赤ん坊というのは非常に感覚が優れていて、正しく知覚する。だからいろんなことを経験させたほうがいい。これと同じことが青春時代にも起こっている。感覚が鋭敏になって、これまでとは違う自分に変態する。なぜ青春時代に鬱屈するのか、それは新しい自分に更新されて、感じるものすべてが新情報になるからだ。あまりに膨大な情報量をぶつけられると人間は混乱する。たとえば、知らない道を車で運転するとき、いつもより疲れないだろうか。どこを注意して観察すればいいのかわからないから全体に注意しなければならず疲れてしまう。何度も通った道であれば、重点的に注意すればいい箇所がわかっているため疲労は少ない。逆にいうと、注意しなくてもいい箇所については見なくなる。これが私のいうところの鈍磨だ。
 赤ん坊は世界を学ぶために弄繰り回したり、口に入れたりする。青春時代も世界を学ぶために悩んでいる。
posted by clown-crown at 11:12| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック