2019年04月17日

人間関係の維持コスト

 人間関係を維持するためにはコストが必要である。
 年賀状を送るだとか、誕生日にプレゼントするだとか、朝「おはようございます」と挨拶するだとか。
 「それをコストと呼ぶなんて人間関係をなんだと思っているのか、おこがましい」といわれそうだけれど、目に見えないものを目に見えないまま隠しパラメータにしておくと人生がなにもわからないまま終わってしまうよ。

 男性は維持コストをかけない傾向がある。
 親しい間柄の友人に久しぶりに会っても挨拶が「よっ」で終わったりする。
(蛇足だが、女性が考えるBLの登場人物は人間関係の維持コストが高すぎて男じゃねえなと思っている)

 対して女性は維持コストが高いのだけれど、ここで疑問がある。
 なぜ恋愛関係において女性は維持コストを支払わないのだろう、ということだ。
 「求める性・求められる性」なんて考え方があり、男性は求める性となっている。
 男性のほうが性欲が強いので、セックスを取引材料にされている。
 男性ってとっても弱い立場なんですね。
 男性って恋愛において損ですね。

 私はサディストなので、もっと自分に有利な取引をしたい。
 惨めな立場になど、1秒だっていられるか!
 そんな気持ちでずっと考えてたんですよ。

 今日、閃いたことがありました。
 女性はコストを支払っているつもりなのではないか。
 「男性に意思判断・意思決定を預けてあげる」ことをコストと認識しているのではないか。
 「大和撫子してあげているのだから、ちゃんとリーダシップを発揮して楽しませなさいよ」と、そういっているのでは?

 うん、いらねーけど。
 男性が家長的振る舞いをするのはご褒美ではない。
 男性が家長的振る舞いをするのはご褒美ではない。
 勘違いされている気がする。
 男性にリーダシップをとってもらいたがっているのは女性の理想的な恋愛観であって、男性はそれに合わせて演じているだけだぞ。
 やらなくてもモテるならやりたくないよ、めんどうくさい。

 この辺りのコスト感覚が正常な女性と付き合いたいな、と思いました。


posted by clown-crown at 23:25| パリ ☀| グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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