2017年04月17日

カウンセリングは続けています

 カウンセリングなんてタイトルを続けていますけれど、「病人なんだ優しくしろ」みたいな気持ちではなく、「ふつうの人だけどカウンセリングを受ける機会があったのでリポートしてみました」って気持ち。

 今回のカウンセリングはもともと「とにかく思ったことをしゃべり続けろ」ってミッションの予定だったのですけれど、私が「それ無理」って言ったせいか対話形式になりました。ちょっと拍子抜け。せっかくしゃべれる人格を用意して出かけたのに。

 人格は用意しても話題は用意してなかった。
 絵を描く趣味があることは伝えているので、「どんな絵を描くんですかー?」と訊かれて、でもこういうとき答える種類ってなんだろ? コンピュータグラフィックってのはもう言ってあるんですよ。人物だとか風景とか抽象画とか答えるべきなんだろうか、と考えて直近の絵を思い出したんですよ。

 けものフレンズのキャラクタだった。
 アニメです。

 タイミング悪すぎる。しかし、嘘を吐くのもカウンセリングとしていかがなものかと思い、意を決して真実を話した。私は感情が表に出にくいタイプなのでカウンセラにも気付かれてないかもしれない。でもすごく恥ずかしかった! とてもとても恥ずかしかった!!

 それでけものフレンズの話になって、「どんな物語?」「記憶喪失の女の子とサーバルキャットを擬人化したようなキャラクタが一緒に冒険する話です」「最後はどうなるの?」「女の子は旅の途中で自分が人間ということを知り、冒険した島から出てほかの人間が暮らしているかもしれない海へと進みます」「敵はいないの?」「セルリアンがいますがバトルものではないです。セルリアンに食べられてしまうと擬人化が解けてもとの動物に戻ってしまいます」なんてアニメ話になってしまった。

 最後に「なぜあなたはけものフレンズに興味をもったの?」の質問に「子供でもわかる話なので癒されたのかもしれませんねー」と答えたところ「私は別の見方をしています。あなたは主人公の女の子を通して自分がなにものかを探しているのです」ときたもんだ。

 えー。

 いやあ、カウンセリング中にカウンセラがそう考えるのは当然なのかもしれないけどさー。ちょっと思考の経路が単純すぎない? 確かに私はストレスの原因を探りにカウンセリングを受けているわけだけれども、そんな単純な話なの? 私はそんな単純なの? けものフレンズはシンプルゆえに示唆のある話だと思うよ。でもさー。えー。

 自分探しってフレーズが青臭くてかなわんってのもある。やれやれだぜ。
 私の担当カウンセラは私というものをわかりかねているらしい。だからそうやってわかりやすいものに飛びついてしまうのかもしれない。
 私が今回のカウンセリングでしゃべれる人格になっていたのも驚かせたようだ。普通はカウンセリングの初めはよくしゃべり、信頼関係ができたころから言葉を多くしなくても通じる間柄になるらしい。逆のパターンになってしまった。

 まだまだカウンセリングに通わなければならないようだ。
 おもしろいが正直、金がかかる。
posted by clown-crown at 00:16| パリ ☀ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

↓のどこが生産的なのかいってみろよオラ

 いや、フェミニスト周りがあまりに壊滅的だったからさ。相対ではかなり生産的だ。

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 ツイッターでこんな画像回ってきたんだよ。「サークルクラッシュ」「高嶺の花」「紅一点」「オタサーの姫」が女性差別らしい。
 私の人格だとまず「言葉狩りかよ」が真っ先に思いつく。けれど、まあそこは脇に置いといて。

 男視点からすれば、これらの言葉って悪気がないどころか好意や善意からの言葉だよね。男中心の世界だからこそ女性を大事にしようって意味が暗に含まれてる(と思ってる)。まあサークルクラッシュやオタサーの姫はネットスラング発だからイメージいい言葉ではないけれどもさ。

 フェミニスト視点からだと、これらの言葉に傷ついたわけでしょう? 私が傷ついた言葉だから差別なのですよね。なぜ傷ついたのかは本物のフェミニストではない私にはわからないけれど、フェミニストは傷つきやすい弱い種族なので。虐めは虐めた側がなんといおうと虐められた側が虐めだといえば虐めである論法。ロジックとしては間違っていません。

 「不愉快だから差別だ」っていうロジックが成立するなら、「言葉狩りは不愉快だやめろ差別だぞ」って声にも正当性がある。でもこのカウンタ論法はどうせ水掛け論にしかならなくておもしろくないから封印しよう。

 フェミニストは男と女の扱いが違うことに傷つくようですけれど、女は女で優遇されているところ多いと思います。女のほうが休みをとりやすかったり残業少なめでも許されたり。でもそういうところは「差別だ! 直せ!」とはいわないですよね。不愉快なことばかり差別といって直させて、都合のいいところは現実的な配慮だといって手放さないのはいただけませんね。
 女性差別といいますけれど、その「差別」には見合った応酬があったんですよ。

 少し前にさー、女が男から性的な視線を向けられる嫌悪感を男にもわかるようにたとえた話で、女が男をおいしそうな目で見る話があったよね。そんなめんどうくさい話を考えなくても、婚活女に熱烈にアタックされるのを思えば簡単に嫌悪感がわかるよ。相手に自分を好きになってもらおうとする心理ってキモいんだよね。スマートにできる人間は経験を積んで生臭さを消すことに成功したからである。

 好きであれば好きであるほどキモいんだよ。エゴ丸出しだから。女は自分から告白する経験があまりないから、すげーキモいんじゃなかろうか。告白するのってものすごく勇気が要るよ。その勇気ある行動をさー、差別だなーんて言葉で蔑まれたらもうプライドずったずただよね。「一目惚れ」だって見られる相手の気持ち次第で「性的な視線」になるわけだよ。怖い。そりゃ男子だって草食べたくなるわ。

 フェミニストが感じている気持ち悪さは性別を逆転すれば男だって理解できるし、経験もあるわけよ。
 そうそう、このエントリはフェミニストに向けて書いてるわけじゃない。前回のエントリもそうだけど。だって絶対に話が嚙み合わないもの。お互いが嫌悪感をもってて議論が成り立つわけがない。小癪なフェミニストは「わたくし、意見を異にする方にも嫌悪感をもっているわけではございませんのよオホホホ」なんていってるのもいるが、そんなものは嘘1000%だ。

 もしかしたらフェミニスト側に転んでしまいそうな人間に向けて書いている。人間には感性があるので男に嫌悪感をもつことだってある。でもそれは普通のことだから罪悪感などもたなくていい。下手に罪悪感をもって特別な感情にしてしまうと、それをフェミニズムを理由にフェミニストならば共感してくれると思い込んでしまう。味方がいることは心強いかもしれないけれど、あなたがフェミニストに嫌悪感を共感してもらったように仲間のフェミニストの嫌悪感を共感しないといけなくなる。本来もっていない嫌悪感まで請け負ってしまえば世界はどんどん許せないものになって、ますますフェミニストしか味方がいなくなってしまうだろう。

 ネットで見えるフェミニストってみんな不幸そうなんだよな。
posted by clown-crown at 00:07| パリ ☁ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月09日

フェミニストってなんなのさ

 ググれ!

 ググって出てくるのが
 フェミニズム(英: feminism)とは、性差別を廃止し、抑圧されていた女性の権利を拡張 しようとする思想・運動、性差別に反対し女性の解放を主張する思想・運動などの総称。(Wikipedia)

 なのだけれど、どうも私の目には男叩きのフェミニストばかり映るのである。

 男女論なんて嘴突っ込んでいいことないとはこのブログでも何度か言っている。それでもいわずにいられないこの感情。ちょっとだけ生産的な話を思いついたので。

 フェミニストと一口にいっても複雑に枝分かれしてツイフェミだとかツイッターレディースだとかまなざし村だとか呼び名がある。しかし私はそれぞれの細かい違いを知りたくないし面倒くさいのでフェミニストとおおざっぱに呼称する。

 ツイッターを見ていてフェミニスト関連のツイートが頻繁に目につくんですよ。それでそーゆーツイートをする人のアカウントから過去のツイートを見てみると、出るわ出るわ男への嫌悪感剝き出しのぶちまけ感情。読んでていい気はしないですね。こちらも言葉の暴力で相殺してやろうか、とか思っても瞬時に冷静になれる頭のいい私は堪えます。わざわざアカウントを見に行って悪意に感染することもなかろう。

 そう思っていても、ツイッターって勝手にフェミニストなツイートが流れてくるんですよね。そこで私は思うんですよ。「フェミニストってなんでこんなに好戦的なのだろう」「男が嫌いなら気分が悪くなるような相手には近づかなければいいのに」ってな。
 でもおそらくフェミニストは自分が好戦的なことに自覚はないんですよね。あったとしても「それは男ほどじゃない」と思ってる。だってフェミニストの世界観だと「私たち女は四六時中、男から無自覚の攻撃を受けている」と感じているわけなので。「ほんのわずかに抵抗しているだけ」なのだ。
 すごい世界観だと思いません? ツイッターのログすべてが男への罵詈雑言で埋め尽くされてる人もいるんですよ、いやマジで。そりゃあ常にダメージを受けてる毒状態みたいな人に落ち着けっていったって落ち着けるわけないですよ。私なんかは極端なので「そこまで世界に迎合できないなら新しい世界に生きるか死ね」って思っちゃいますね。それは男の問題ではない。お前の問題だ。

 とはいってもね、フェミニスト側にまったく理がないわけではないと思うんですよ。「世の中をよくしたい、変えたい」と思うのは悪いことではない。でもそんな大それたことをやりたいなら、まずは自分ができることを最大限やるべきでしょ。「これだから男は」なーんて態度で相手になんか言ったって相手はフェミニストに悪感情を向けるようになるだけで逆効果ですね。

 なーんか、認知が歪んでるんですよ。フェミニストの話をよくよく聞くと「それは性差別だ」とはいうものの碌な改善案は挙げない。突っ込んで聞いてみると「それは男の問題だから男の中で解決すべき」とか言い出しちゃうのまでいる。問題があると思ってる人が改善案を出さずになんで改善されると思えるんだろうか。自分を中心に考えているから、問題意識は共有されていると思い込めるのだろう。フェミニストがフォローしているのはフェミニストばかりなのでフェミニストはフェミニストの意見ばかり見えていて、それが普通だと思い込む。

 私が観察するところ、フェミニストは助けてほしがってる。「私は弱い女だ」「同情されてしかるべき人物だ」「こんなに苦しんでいるんだ!」いや、そういわれてもね。そんな居丈高に喚かれて助けるわけないだろう。もっと苦しんでほしいな♪って思っちゃう。
posted by clown-crown at 17:30| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする