2015年10月27日

男と女は違う生き物だね

 【女子中高生に固執する成人男性たち】を読みました。

 「痴漢被害経験? 自意識過剰だろ」という感想をもちました。

 そのあと、【痴漢被害女性の話はなぜ「自慢」と言われるのか?】を読みました。

 責められた気分になりました。

 女子高生に〜をA、痴漢被害女性の〜をBとします。
 実際にAを書いた人は痴漢されていません。だから私は自意識過剰だな、という感想をもっていました。しかしBには「痴漢経験談を見聞きしても黙れ」と書いてあるのです。Aの人に痴漢したことにされた人をそのままにしろと? 議論において意見を出さないということは「不服がない」という意味になります。なにもしていないのに犯罪者扱いされた人がいるのに黙認しろと言っていますか? 丁寧で神経の細そうな文章の雰囲気の中でとんでもない女王様発言をしてらっしゃいますね。
 Aの人は「いやらしい目で見られた」と言いますけれど、いやらしい目というのは見てわかりますか。Aの人こそ他人を不当に嫌悪した目で見ていませんか。溜息を吐いたり、素っ気ない態度をしたりと書かれていますが、見られることが不快であると相手に伝わっているでしょうか。セクハラ相談課に相談したそうだけれど、そこでした相談がどのように相手に伝わっているのかわかっていませんよね。この書きぶりからすると、正しく伝わってはいないようです。

 いいですか、昨今の風潮にはっきり言っておきたいことがあります。
 自分が不愉快であることを理由に相手に悪を押し付けるのは気違いの論理です。
 「した側がいくら否定しようと、された側が○○だと思ったら○○です(ex.いじめ、セクハラ)」この一定の賛同を集めているフレーズは極論もいいところです。それなら先に○○されたと言ったもん勝ちじゃないですか。なんの根拠もない。Aには「人の気持ちを考えず犯罪でなければいいと思っている」と書いてあるが、それがどれだけ高度な技術を相手に要求していることに気付いているだろうか。彼らとて相手の気持ちを考えていないわけではない。しかし不愉快になったということは結果的に考えが間違っていたのだ。いったい誰が他人の頭の中を精確に覗けるだろう。

 Bの人はなぜ男が共感してくれないのか疑問に思っていたそうですが、ではなぜ男性が「自慢かよ」「自意識過剰」と言ってしまうのか共感してみよう、つまり、理解してみようとは思わなかったんでしょうか。Bの中で答えが出ているのですけれど(痴漢経験者とそうでない人とでは痴漢被害者のイメージに隔絶がある)、その理解ではまだ不足があります。女が男の中の一部である痴漢の存在を理由に男全体を気持ち悪いというように、男は女の一部である冤罪を起こす女の存在を理由に女を怒っているからです。男は痴漢をしようとしていなくても、女のでっち上げで痴漢の加害者にされてしまうことがある。社会からの抹殺であり、とても恐ろしいことだ。男が痴漢の被害者になることは(ほぼ)ない。だから男は痴漢の話を聞くとイメージの湧きやすい加害者側に共感するのです。
 悪いのは男でも女でもなく、その一部である痴漢と冤罪を起こす女です。この二種を撲滅するために協力すべきです。不用意に男女の対立軸を作って煽り立てないでください。
posted by clown-crown at 23:51| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月17日

労働とロボット

 きうりさんが仕事を機械化できるならやったほうがいいじゃん(意訳)と言ってたので。

 そーゆーこと考えるときいつも頭に浮かぶのは活動弁士である。ええっと、無声映画のスクリーン横で解説をする職業です。今でもいるらしいけれど、映画といえば無声映画の時代に比べれば絶滅したといっていいよね。つまり、音声付きの映画が台頭したときに抵抗しつつも職を失った人です。

 仕事に誇りがあるわけで、それを失うと生活基盤をも失うことになる。
 うーん、私は仕事に誇りをもつだなんてバカらしいと思ってるけどね! 失職すれば生活できなくなるから誇りを理由にしがみついてるだけでしょ。

 私は事務職こそロボットにやらせるべきだと思っていた。機械化といえば現場職を全部ロボットアームで生産するイメージを抱きやすいのだろうけれど。大量生産なら機械化は向いている。生産する製品が刻々と変わるような現場は機械化に向いていない。そして大量生産大量消費の時代はとっくに終わっている。未だに人間の対応力に機械は追いついていないのだ。
 電子データを取り扱う事務職こそ機械化に向いている。物理的な障害がなにもないからね。事務職の人間は「いや、さまざまな担当との渉外こそが私達の仕事だ。ロボットにはできない」なんて言うかもしれないけれど、それは無駄な仕事である。無駄な仕事がメインの仕事になっているらしい。ロボット同士ならはるかにスムースに部署間の連絡を行うだろう。

 とまあ、ロボットに仕事をさせたくても、もともとその仕事をしている人間は邪魔をするのだ。
 しかし、ここ機械化が進んでいる分野もある。その分野とは! 続きは「続きを読む」をクリック。

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 主婦業です。あ、話は本流に戻しました。つまり家事ですね。ルンバは大変好評のようです。現代には洗濯板を使わずとも洗濯機で洗濯できますし、食器には食器洗い機があります。食事の形態も多様化したので手作りに拘る必要もなくなりました。育児や介護は機械化ではありませんけれど、ビジネスライクなアウトソーシングできますね。
 主婦業に誇りがない、というわけではないでしょう。好きな人は心行くまでやればいい。大多数が家事をしている場合ではなくなった、というのが本当のところかな。いまどき専業主婦はセレブですからねえ。女性が働きに出るようになって、家事に専念する人間がいなくなり機械化が進んだ。みんなハッピー!

 家事が楽になったから──というか、しなくてもいいから、独身者が増えるなーんて社会現象が起きているわけですね。男が金を稼ぎ、女が家庭を守る共生関係よりは単純でいいですね。少なくとも共働き夫婦よりは安定した生活ができると思います。ロボット先進国ニッポンでは孤独を癒すロボットも開発中です。
posted by clown-crown at 02:28| パリ 🌁 | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

あぶないがいっぱいの世界に生まれて

 育てることについて考えるのです。
 私は子供いないし、結婚してもいないから人間を育てる話をするのはおこがましいのかもしれないけれど。それでも仕事の引継ぎなどで、なにかを教えることはある。

 仕事の話をしよう。
 私は仕事を教えるときにはまず、なにをしたらお金になるのかを教える。ゲンキンなやつだって? 仕事というのはそういうものである、お金を感じない仕事なんて考え方が間違っている。受注を受けるのが仕事ならそのやり方を教えるし、ものを作るのが仕事なら作り方を教える。コツだとかミスをしやすいポイントなんてのは教えない。教えるのは請われたときだ。
 安全第一、品質第二、生産第三なんて言葉もあるが、それは命に関わる重大事故を起こしうる仕事の場合だ。

 人間は期待するほど出来はよくない。一度にあーだこーだと言っても大半は耳から耳へと抜ける。一番大事なことを教える。教えたことをやらせてみる。ミスがあれば指摘する。うまくできなくて悩んでいれば私なりにやりやすい方法を提示する。
 そしていつか、自分のしている仕事が大きな流れのどこにあるかを感じてほしい。今の世の中は人間ひとりで回せるような閉じた経済にはなっていない、自分の仕事には前後があるはずだ。どんな仕事だって経済を回す一歯車でしかない。しかし、すべてだ。大統領もあなたの仕事も等しく歯車。一部の部品でしかなくても、それがすべてを回す歯車。意義を感じない仕事は苦痛でしかないからね。

 仕事の考え方を子育てに適用したらどうなるだろう。子供という仕事で一番重要なのはなにか。それをまずは教えたい。子供は遊ぶのが仕事というね、遊んで覚える、つまり学ぶことだろうか。いくら子供には吸収力があるからといって何でもかんでも覚えることはできない。大事なことから覚えてほしい。まずはあなたが生まれてきた世界のことを。次にあなたがこの世界でどこに位置するか。

 私は子供に嘘を吐きたくない。犬や猫は人語をしゃべらないし、本や椅子がひとりでに動き出すこともない。以前にこの意見をチャットで話したとき「でもそれは擬人化したほうが子供が理解しやすいからだよ」といわれてなるほどと得心した。一定の利があるわけだ。どうだろう、世界の認識に歪みが生じないかな。本を乱暴に扱ってはいけないのは、本が「痛い痛い」というからではないことを私は知っているけれど、いつの間にか認識を修正していたのだろう。歪みを修正するその瞬間、混乱しなかったか。母親を不信に思ったりしなかったろうか。

 あなたは子供です。なんにも知りません。無知は悪いことではありません。好奇心をもたず、なにも学ばないのが悪いことなのです。あなたは貪欲に学んでください。そのために試してください。ただし、危険なことをしようとしたときは私が止めます。してはいけないことがたくさんあるでしょう。不満に思うかもしれません。それは真っ当な感情です。私はあなたの行動を制限しますけれど、あなたが分別がついたと思ったらひとつずつ制限を開放します。今までの鬱憤を晴らし、どうぞ好きにしてください。もしも危険な目にあったら対処してください。自分でなんとかできるのならば素晴らしい。私を頼っても恥ではありません。いつでも力になりたいと思います。あなたの力になれることが私はうれしい。
 私はすべてを知っているわけではないし、間違っているかもしれない。私があなたから学ぶことも大いにあるでしょう。あなたが望むなら私のもっているものを教えます。でもすべてを教えるわけではない。あなたはあなたが必要だと思う教えに素直に生きてください。

 教えるなんてなんだか威張りくさった言い方だな。託す、のほうが心情に合う。
posted by clown-crown at 01:36| パリ ☁ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする