2021年12月23日

ぽ●んはじまりましたね

 ぽれん9ですって。もう9年経つのよ奥さま、小学校と中学校を卒業できるわね。

 ぽれんは多くの人間を熱狂させるとともに不満の渦にねじ込む装置だ。不満について話をしよう。

 正しく説明すると、ぽれんとはじすさん主催のゲームイベントである。正式名称は「ポーンさんがやった果てのヘレン」である。イベント参加者は数百人に及ぶ。
 インターネット黎明期から、ゲームの個人製作をやっているやべえ男がいた。それがじすさんである。サイト「アンディーメンテ(略称:AM)」を立ち上げた。そんなじすさんに憧れてゲームを作りはじめたのがポーンさんである。ポーンさんは「ステッパーズストップ(略称:ST)」を立ち上げた。当初はふたりとも、プログラムを組んでプレイヤーにダウンロードしてもらう形でゲームを制作していた。やがて、ポーンさんはプレイヤー参加型ゲームイベントを開催するようになる。そのひとつが「戦いの果てのヘレン」である。じすさんからしてみると、それは裏切りであったのだろう。そして憧れでもあった。「戦いの果てのヘレン」をもじり自軍AMとポーン軍STを対決させる「ポーンさんがやった果てのヘレン」を開催してポーンさんの参加を心待ちにした。

 これまで8度開催されたぽれんのうち、ポーンさんが参加したのは1度きりである(ぽれん9はまだ参加の可能性がある)。

 ここまでがオチのある前置き。
 ぽれんは定期更新ゲームに似ているといわれることが多い。プレイヤの入力は一度だけ、キャラクタを登録するだけであとは自動ですべてが行われ、結果は動画で出力される。ぽれんはどの定期更新ゲームよりもじすさんの裁量が大きい。AMとSTの対決ということに表向きはなっているけれど、ST贔屓の対戦結果になっていることは周知の事実である。また、演出面においてもいろんなことを見せてくれる。キャラが光ったり、しゃべったり、物語に関わってきたり、語尾を「だにー」にされたり。

 プログラムだけでなく、人間が手を加えて動かすのだ。だから想定外のこともよく起こる。不満も出る。

 まあ、しかし、ぽれんとはそういうゲームなのだ。公式ページにも「一応ルールはありますが、全て謎のプログラムがやることなので、
 何が起こるかは分かりません」とはっきり書いてある。それでも言い争いは起きる。あまりに言い争いが多く、それについてじすさんが野放しにしていたので、ポーンさんが(不参加のまま)「STとはストロングスタイルなのだ。ST軍は結果を受け入れよ」とか言ったり言わなかったりした。

 繰り返して書くけれど、受け入れるしかない。ぽれんはそーゆーもん。いやなら参加しなければいいのよ。定期更新ゲームをはじめてみてはいかがだろうか。あるいは、自分でゲームイベントを立ち上げてみては。

 私もだいたいのことは受け入れている。そのつもりだ。……しかしそれでも、モヤモヤは残るんだ。ぽれんは本当にゲームイベントなのか。
 ぽれんは負けると、その場で脱落する。数百人もの人間が送り込んだ数百のキャラクタが一回戦で半減する。二回戦では四分の一だ。ゲームの終盤になればキャラクタの数は覚えられるほどに減ってゆき、生き残ったキャラクタを目にする機会が増える。キャラクタへの愛着が湧き、ファンが着く。じすさんの手による演出が増え、物語にも強く影響を及ぼす。プレイヤのボルテージが上がる。

 しかし、私はここで冷めてしまうのだ。キャラクタはゲームの体裁を失い、エモーショナルなドラマのための運命を歩む。
 私はゲームをするために参加したのだ。私が送り出したキャラクタは劇をするための人形ではない。

 あ、ごめんなさい。いまのは私の妄想です。私のキャラクタで、そこまで勝ち進んだことありません。でも、勝ち進んだとしたらきっと同じことを考えるでしょう。

 私はゲームが好きなんですよ。ステッパーズ・ストップが好き。ぽれんのお祭りも好き。ぽれんのすべてを好きになることはできないけれど、好き。モヤモヤを抱えながら、これからもぽれんを楽しみます。


posted by clown-crown at 00:59| パリ 🌁| グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月13日

貧乏ゆすりする人がいる

 たとえばですね、近くに貧乏ゆすりしてる人がいるとします。
 あっ、貧乏ゆすりって知ってます? 作家の原稿を待ってる編集者が腕組みながら靴の爪先で床をタンタンタンタン叩くとするじゃないですか、そのタンタンタンタンです。一般に見苦しい行為とされています。
 そのときあなたはどうしますか?

 それだけじゃなんともいえないですよね。
 たとえば、あなたはいつも使う駅にいて、窓口で電車の切符を買おうと行列に並んでいる貧乏ゆすりしている人がいるとする。この場合、「なんだこいつ」とは思いつつも特に気にしない人が多いんじゃないでしょうか。順番が来るのを待っているから貧乏ゆすりをしているわけで、順番が来てしまえば貧乏ゆすりはしないだろう、と予測できるから。なかなか順番が来なかったとしても、あなたはさっさと見なかったことにして改札をくぐってしまえばいいから。

 次のパターンです。今度は病院の待合室で、同じ長椅子で座っている人が貧乏ゆすりしています。自分も相手もなかなか呼ばれそうにありません。その人が気弱そうな人だったら「貧乏ゆすりやめて」って言います? 私だったら席を変えるかな。「イライラしてるなー」とは思うけど、大変な病気や怪我かもしれませんから干渉したくない。

 そんじゃ次、恋人と家デートです。あなたは料理の準備をしていて、恋人はテーブルで待っています。もちろん、貧乏ゆすりで。さあどうする? 「貧乏ゆすりやめてよー」っていう? 「静かに待つこともできないのか」と思って黙って別れる?

 貧乏ゆすりをする人への対応
1.無視する。
2.場を離れる。
3.声をかける。
4.切断する。

 切断する、は恋人パターンの黙って別れるです。もともと関係がある人と、関係を切ります。声をかける、ももともと関係がある人への対応だと複雑になります。枝分かれを書いてみますね。

3.声をかける。
 3.1.貧乏ゆすりをやめさせることに成功する。
  3.1.1.やめてくれてよかった。
  3.1.2.やめるんだったら、最初からしなければいいのに。
 3.2.貧乏ゆすりをやめさせることに失敗する。
  3.2.1.私にもわるいところはあって、やめることができないものもある。
  3.2.2.こいつは私との関係悪化をなんとも思ってない。

 とか。これだけじゃないです。
 なにを理由に貧乏ゆすりをやめさせるかも種類がありますよ。

a.一般的に見苦しい行為だからやめろ。
b.私が見ていて不快だからやめろ。
c.人前でやると恥ずかしいからやめろ。
d.理由をいわない。

 とか。ほかにもあるかしら。

 声をかけるのは難しいよ、って話をしたかったのです。難しいけどそれが理解だよ、って話を。相手は無自覚に貧乏ゆすりしているのかもしれませんし、悪気なくやってるのかもしれません。その場限りの間柄ではないのなら、お互いのことを理解し合おうとしたほうがいいんじゃないのかしら。

 人間関係を作るっていうのはさー、お互いに嫌なものが見やすくなるってことだと思うんだよね。わるいものがなにもない人間なんていないじゃん? 人間に寛容であったほうがいいと思うんだけど、世の中は私の思いとは逆方向に進んでるよなー。うーん、人間に対してマージンを大きくとろうって話か? そうそう、思い出したんだけどさー、フレーム問題ってあるじゃないですか。人工知能に現実の問題を解かせようとすると、どこまでも問題の範囲が大きくなって際限がないってやつ。人工知能より人間のほうがよっぽどフレームの見極めができてないと思うのよ。フレーム問題がフレーム問題として成り立っているから人工知能は分相応を知ってるけどさ。人間は人間にはフレーム問題がないと思ってるわけよ。本当はもっと大規模で考えなければ影響が出るのに、それを無視して。人間は想定しているより大きく型宣言しなさいよ。
posted by clown-crown at 04:21| パリ | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月23日

小林賢太郎が解任されたのがモヤモヤする

 すっげーモヤモヤするから書くぜ。
 なんで小林賢太郎を知らない人間が叩いているんだ。いや、知らなくても叩かれるような行動をしたなら叩くのもわかる。ホロコーストをネタにしたのがわるいって言われてるね。



 見ればわかるがこれは
1.教育番組のコント
2.野球を題材にした工作をする
3.観客が必要だが以前作った人形がすでにある
4.人形はホロコーストごっこを企画したときに作ったもの
 絶対にあり得ないことをする笑い、の中で表現されている。これがこのコントのメイン部分ではない。

 当たり前のことですが、小林賢太郎はホロコーストをしたわけではない(そのぐらいの勢いで叩く人がいるので一応)。教育番組の中で人形を使ってホロコーストをするのはあり得ないことである、という了解のもとで笑いをとっている。
 ここからは裁量の話だ。私は神ではないし裁判官でもない。しかし、自らも罪を犯すことのある人間として思考する。

 いろんな意見がある。
 これは20年前のコントだ。いまとは価値観が違う。解任後の小林賢太郎は「若いころのは観客の気を引くために不謹慎なコントをした」と謝罪している。
 いや、ホロコーストに関して日本人の意識がなにか変わっているとは思えない。ポリコレが厳しくなっているとは思う。そのくせ「なにがどのぐらいわるいのか」は明確な基準がない。

単にテロをコントに使いたいのであれば日本のテロでもよかった。それをしないのはホロコーストを軽んじていたからだ。
 これはまあ、その通りだ。軽んじていた、とまではいわないが、日本のテロをコントで扱うのは生々しくて使えないだろう。では逆に、ヨーロッパの芸人が原爆を使ったジョークをしたら解任されるか、というと(そのときの時流にもよるが)されないだろうな。実際、欧米人は芸人に限らず原爆をよく話の種にすると聞く。

小林賢太郎は過去を省みて誰も傷つけない笑いを目指していた。
 確かに今ならホロコーストを扱うコントはやらないだろう。糾弾するコメントのなかに「小林賢太郎は発覚するまでに謝罪していればよかった」なんてのもあった。ラーメンズを引退してからの舞台劇作家としては明らかに作風が違うので、謝罪のようなコメントもあったかもしれない。あったかもしれないし、ないかもしれないがそこを確認せずにそれを言うのは間違っている。

 こんなとこか。
 小林賢太郎は解任されたわけだが、その前に辞任した(これにも言いたいことがある)小山田圭吾、のぶみも比較として並べたい。

小山田圭吾:障碍者への暴行のことが今回有名になったが、排泄物を食べさせる、自慰をさせる、マットで簀巻きにする(死者が出たことがあるいじめ方法)、累計100万円以上の万引きなどがあり、辞任まで自慢話にしていた。

のぶみ:子供にトラウマ、母親に罪悪感を植え付ける絵本を大量に書いた作家。コネクションによって保育園や幼稚園に置かれることが多く、読ませないことを避けがたい状況になっている。抗議されてもまじめにとりあわずブロックする。

 こうやって見ると、だんだんと罪のグレードが下がっているのが如実ですね。絵本は全国に広まっているので被害者こそ多いが。
 ヨーロッパの人たちがホロコーストをコントで使われたくない気持ちがあることは理解できるけど(深度まではわからない)、それを慮ってやれ「日本人は人権後進国だ」とか、やれ「グローバル視点が足りない」とかいって攻撃をしはじめるのは、そっちのほうがおかしい。キャンセルカルチャーもいい加減にしろ。



 防衛副大臣の話は、国としては大事な話ですが、私にとっては興味が薄いです。



 追記:ホロコーストコントは23年前のもので、小林賢太郎は20年前に「人を傷つける笑いはもう作らない」と宣伝している。
posted by clown-crown at 12:52| パリ | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月20日

精確な性格(抱腹絶倒ギャグ、これで笑わなかったら感情がない)

 感情は速く、反射的に行われる。残念だけれど、感情に頼ることはできない。観測する限り7割、正しくないからだ。どんな規律に則り正しくないのか、それは道理を基準とする。感情は道理から逸れてゆく。理性を働かせるのだ。それも、感情が決断を下す前に。感情が決断を下したあとでは、理性による判断が鈍る。

 私は怒らないといったが、あれは嘘だ。
 嘘のつもりはなかったが、結果的に嘘だった。瞬発的な怒りは覚えない、に訂正する。

 瞬発的な怒りを制御する方法をよく聞きますね。アンガーマネージメント。怒りを自覚したら10秒数えろ、そしたら怒りは消えてるから。
 私は、つまり、それを自動的に行っているわけです。喜怒哀楽すべてにおいて。
 もうだいぶ昔のことで忘れてしまいましたけれど、きっと最初は自覚的に遮断していたはずです。しかし、いつしか、反射的に浮かび上がる感情を反射的に遮断するようになっていた、そういうわけです。
 常人から離れ行く。無味乾燥とした荒野で、哲学的ゾンビになった気分です。

 その通り、感情を遮断したのならこの荒涼とした気分に説明がつかない。むしろどんどん寂しさは募ってゆく感覚さえある。なんという矛盾だろうか。理路を正しくつかむためにこそ感情を捨て置く訓練までしたというのに!

 人間は複雑なのです。「感情」の一括りで人間が発する気持ちのなにもかもを説明できると思ってはいけない。

 私はひとつずつ組み上げてきた。理解のための思考だ。
 暗黒と呼ぶ青春時代、不安や苛立ちといった実験材料は無限に現れた。感情に理路を与えれば、そのように流れる。これは正当な復讐心、これは単なる妬み嫉み、これは自己が肥大した被害妄想。

 なれば。感情を遮断していたという記述もまた結果的に偽りだったのかもしれない。訂正しなければ。感情を適切な引出しに収納して眠らせていたのである。感情とは落差だ。波形だ。上下移動することによって発現する。整理されてしまえば感情だって沈黙する。沈黙した感情など死んでいるも同然だろう。

 感情を整理してしまえば遮断できるし、殺してしまえる。怒っている人間に「怒っているぞ」といっても否定する。正しく理解してしまうと怒りが引いてしまうから。
 引出しには死んだ感情しか残っていないが、そこには確かに収めるべき波形パターンが示されている。

 荒野に感情の棺桶がたくさんあって、なにもできないまま死んだ感情の怨嗟の声が響いていたりする。あああーああー。

 感情を発露させないことは人間に、健康に、悪いのだ。道理には反するかもしれないが。食べ物を食べたらエネルギーを得てウンコするように。感情を誘発するような刺激を受けたら、素直に感情してエネルギーを得ろ。感情表現という名のウンコしろ。感情表現は醜いものだ。基本的にどんなものであれ。きれいなウンコがあってたまるか。ウンコが汚いからといって出さずにいたらそれこそ不潔極まるのはバカにもわかるだろ。

 人間は複雑だ。しかし、複雑になろうとするな。複雑だから人間なのではない。
 感情表現は醜い。感情表現は醜い。だから恐れるな。完璧主義になろうとするな。潔癖主義になろうとするな。
posted by clown-crown at 00:54| パリ | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月23日

他人を尊重しない努力

「いい歳して恋愛の話をするんじゃないよ、恥ずかしい」
「世間の『恋愛すべき』って風潮を内面化していて、未だに満たされていないんだ」

 努力って人前に見せるものではない、とされがちではありませんか。それはそう。泥くさいものは見た目が悪い。
 努力なしに自然に恋愛が実るのが理想的です。特に最近は、その傾向が強くなっていると感じます。「努力しなければならないなら恋愛なんてしなくていい」そんな価値観もある。「恋愛のための努力を「努力」と呼んでいる時点で才能がないのでは?」確かに。

 私は私の欲望のために努力をしている。
 努力が実を結ばないからといって誰かに当たるのは、なにかを憎むのはおかしい。

 Twitterでは弱者男性を自称する人たちが「暴力的な男ほどモテる」といって賛否両論巻き起こしているけれど、もっと言葉の範囲を絞るべきでは。「相手を尊重しないほどモテる」が私の感触です。

 相手の状況を考えずに「会いたい」といい、電話とメールを乱打する。強引にデートの約束を取り付ける。明確な了解を得る前に肉体的接触を図る。束縛する。一方的に欲求する。

 コンプラを考えれば、最近やりにくくなったのは当然ですよね。リスクに敏感な若者が恋愛しないのは当然です。

 ん? clown-crown(仮)の選ぶ相手が悪い、と思っています? 私もね、当の本人に言ったことがあるんですよ「女はペット扱いされたほうがよろこぶよね」って。本人が否定したので、そのあと人間として尊重していたらすぐに振られました。誰だって否定するんですよ。でも実際には歴然とある。

 私は、それなりに知性があると思っています。だから基本的に他人を尊重するし、モテるために尊重しないこともできる。でも無理はどこかで出ますね。「女はペット扱いされたほうがよろこぶよね」って言ってしまったのは努力の限界だったからです。もしかしたら不本意な努力をしなくてもいいかもしれない、そう思ってしまうとぽろっと言ってしまう。根はいい人なんですよ、私って(笑いどころ)。

 私は私の欲望のために努力をしているのだから、努力の見返りがなければならないといっているわけではないです。
 他人を尊重しない努力をしているだなんて、言葉にしたら不可解極まりないことをしている、それを知っている人がごくまれにいたらいいなと思います。



「企業とかの偉い人ってそういう努力をもっと大規模にやってるんじゃないか。恋愛以上に」
「ストレスすごそうだよね。でも止まれないからね、そういう人たち。だから頭の中の倫理観を壊してしまうんだろうね。自分の行動規範を優先するために」
posted by clown-crown at 19:14| パリ | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月17日

すこしずるいパズル

 ゼリーのパズルという名の鬼のように難しいパズルゲームがある。
 その作者であるたつなみさんはTwitterで毎週、すこしずるいパズルを出してくれる。
 すこしずるいパズルはゼリーと違い、ふわふわ難易度だ。

 私はそのパズルが好きだ。私も作りたい。作った。

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 舞台裏にいきなり答えと制作裏話があるよ。






舞台裏
posted by clown-crown at 18:41| パリ ☁| グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月22日

瓜科1050村の話をさせてください

http://melon-cirrus.sakura.ne.jp/sow/sow.cgi?m=a&v=1050&cmd=vinfo

 最初に言い訳をさせてください。
 席の予約のつもりで入村したら、立て続けに参加者が増えていきなり始まってしまったのです。
 ゲーム開始直後から時間がとれず、やっと時間がとれると思ったら襲撃されていました。

 ま、この村において私など端役なのです。
 見るべきは初心者騙りのヒューゴです。

 見てください、この泥臭いがゆえに美しい生き意地を。

 このころの私は疑問だったのです。
 人狼ゲームはその名の通り、狼が主役のゲームのはずだ。
 狼がゲームをメイクし、操っている。村は狼が生み出したパズルを解いているだけの消費者に過ぎない。しかし実際のところ狼は、ただ虐殺されている。ただ殺戮されている。ただ惨殺されている。
 なんということだ。デザイナが、アーティストが、エンターテイナが、ゲーム上の敵役というだけで憎悪に組み伏せられている。
 うまくなればいい。それは正論です。まったくその通り。つまり、簡単ではない。狼役がうまければうまいほど、村側に回ったときはそれ以上の力を揮ってしまう。理想に辿りつけない。夢想でしかない。狼を叩き潰すことを快楽にする人々には、狼の美学がわかるまい。

 私はヒューゴに狼の美学を見ました。

 そして私は満足して人狼を引退した。

 八年経って、復帰しました。
 人狼は楽しいです。狼もまたやってみたい。きっと苦痛だろうけれど。
posted by clown-crown at 23:54| パリ | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月25日

赤子村の推理をしました(2日目)

・共鳴(4)
こーもり
きたきつね
だげいらん
やしろへー

・村人(1)
こーら

・闇狩人(4)
いたくり
ケニー
ククリ
ゆっきー

・狼(1)
ろんきす

・狂人(3)
おこげ
カル
ニチレイ

・ハムスター(1)
ペタ

・求婚(1)


 共鳴と村人が確定しましたね。きたきつねこーらの二択外しとるやん。やしろへー共鳴だといたくり狼陣営の可能性が出てくるのでやめてほしい。やしろへーと交代でゆっきー狂人予想にシフトしようかと思ったけど、昨日時点でゆっきー狼陣営ないと推理してるんですよね。
 人数が減らないので新しい推理していません。
posted by clown-crown at 00:06| パリ | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月24日

赤子村の推理をしました(1日目)

・村人(1)
きたきつね

・共鳴(4)
こーもり
だげいらん
こーら(村人CO)
ゆっきー

・闇狩人(4)
いたくり
ケニー
ククリ
おこげ

・狼(1)
ろんきす

・狂人(3)
やしろへー
カル
ニチレイ

・ハムスター(1)
ペタ

・求婚(1)


 こんなもんかね。
 村騙り回りの話を詰めていけばもっとわかりそう。村人CO同士はぜんぜん触れてないのな。そうなると共鳴2人の可能性もあるか。そうか? ま、そのうち明らかになるでしょ。
 単発言で要素とったのでクロス推理できていません。わりと素直な要素の抽出したけれど、常連ばっかなので裏をかいているかもね。中身推理してないし知らない。
posted by clown-crown at 00:35| パリ | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月21日

【ID公開】お腹の赤子にこれはとてもよい村からUターンした話

http://melon-cirrus.sakura.ne.jp/sow/sow.cgi?v=1960&cmd=vinfo

 この村に入って、一瞬で抜けました。
 もう長期村って遊べるところがぜんぜんなくて、遊べそうなのがここしかなかったのですけれど、叩かれたのでどうせ初回吊りにされるだけだろうと思って抜けました。
 いや、わかってるんですよ。ID公開村で明確なIDを示させなかった私が全面的に悪いってことは。ID強制表示じゃないからこのぐらいまではいいだろう、ここが譲歩ラインだと思って入りました。中身透かすのめちゃくちゃ嫌いなんですよ。
 もういっこの問題は【初心者CO】したことだ。こっちはただのジョークのつもりだった。通用しないジョークはジョークではないな。

 客観視点で推理しようかな。
 でもここ多弁村だからまとめるだけの気力が続かなさそう。
 プレイヤとして参加しても確白になったとたんに推理しなくなる私だからな。

 人狼関係者がここ見つけても内緒にしておいてね。
posted by clown-crown at 21:49| パリ ☁| グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月14日

女性に対する不信が募っている話

 不信が募るとノリのいい返事にタイムラグが生じて、モテなくなるね。
 会話なんてリズムゲーなので、言葉の内容より、小気味いい音をジャストタイミングで出せたかどうかである。

 女性って合理的ですね。
 恋愛面に限らず、仕事面でもおそらくほかの面でも判断が自分に忠実だ。
 しかし、その判断が少なからず信頼関係を崩すことになるとは意識していないようすだ。
 ほとんどの場合、誰かが楽をすればそのぶんのしわ寄せは誰かが負うことになる。
 シャーマンキングの葉くんはみんなが楽できる世界にしようとしていてえらいですね。再アニメおめでとう。
 閑話休題。女性はモテるからそんな焼畑農業みたいな手法でもやっていけるのだろう。
 合理的な社会において合理的な判断のもとに生きるのが最適なのかもしれないけれど、恋愛ぐらいは合理は度外視して付き合いたいですね。

 合理って頭のいいやり方に見えるけれど、短期的な最適解に過ぎない。
 合理への反発として最大のものが差別ではないかな。
 世界が合理化を進めているのが、私には合わない。私は未来を約束されていてほしい。

 合理合理って何度も書いている。私の「合理」がなにを指しているのかわかったらすごいなって思っています。
 圧縮された文章を書くので、やっぱり私は小説に向いていませんね。
posted by clown-crown at 10:46| パリ | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月14日

ボードゲームカフェ「キャット」に行ったオフレポ

 こんばんは。
 昨日、栃木に行ってきました。
 Twitterで相互フォローのミノルさんと初めて会ってきました。
 ミノルさんは胎界主(マンガ)の界隈人です。たぶん私が胎界主の絵を描いたときに、なんかコメントくれたから相互になったんだと思います。記憶は定かではない。
 今回はミノルさんが「栃木のボドゲカフェ行くけど誰か来ねェ?」っていってたので、なんか行くことになりました。だって茨城に来てから友達と遊んだことなかったんだもん。餌に喰いついたのは私だけでした。
 詳しい話を聞きました。ミノルさんはHPを作らなければならない試練を課せられている。ミノルさんの友達が一年半前に店を開いている。「そうだ、カフェの話を聞いたり、カフェの写真を撮ったりして素材にしよう」。
 ミノルさんの友達の名前はおやつさんです。
 ボクもミノルさんもボドゲちょっとしかやったことない初心者です。

 ボードゲームカフェ『キャット』

 私は高速道路が苦手なので(軽だから事故ると死にます)到着まで車で2時間かかりました。お昼に着いて、おやつさんが予約してくれた天ぷら屋で昼食をいただきました。おいしかったです。
 ミノルさんはtweet通りの人物でした。なるほど感がある。おやつさんは帽子が似合うナイスガイでした。
 私のトンビコートをミノルさんがめっちゃ誉めてくれたので鼻高々。

 カフェではまず、スティックストックをプレイしました。

 スティックスタック (STICK STACK)
スティックスタック (STICK STACK)

 バネの柱に支えられた皿の上にスティックを置いていくバランスゲームです。倒したら負け。プレイ感はジェンガに近いです。ジェンガやったことないので想像です。
 スティックを置く順番は帽子の似合うナイスガイの次でした。彼は奇天烈な置き方をするので毎回頭を悩ませることになりました。私の次はミノルさんで、素直に置いてました。

 店はカフェというよりバーに近いのかな、ミノルさんは青いオリジナルカクテル作ってもらってました(アドニスをイメージしたもの)。

 次にプレイしたのは夜空の天の川です。
 
 amazonはみつからなかった。

 これはトランプの7並べです。ランダムに配られたカードを使い切った人が勝ちです。一番の違いは「いっせーの!」で同時に札を出して、かぶらなかった人だけ並べることができる点です。トークンを使った細かい計算はありますけれど「かぶらないこと」が最重要だったなと今にして思います。かぶるかどうかはほとんど運なので、全員が一枚ずつ全種類のカードを手札にしたほうが戦術的ではないかと考えたこともありました。でもそれだと誰がなにを出したか覚えていなければならず煩雑やね。
 ここでも帽子の似合うナイスガイは意地悪な置き方をしていました(チクり魔)。

 最後にプレイしたのはたった今考えたプロポーズの言葉を君に捧ぐよ。です。

 たった今考えたプロポーズの言葉を君に捧ぐよ。
たった今考えたプロポーズの言葉を君に捧ぐよ。

 これはですね、プロポーズに使われそうな単語が書かれたカードがランダムに配られるので、それを組み合わせてプロポーズの言葉を考えるゲームです。一番よかったプロポーズは指輪を受け取ってもらえ、指輪がなくなったら勝ちです。結婚詐欺かよ。
 指輪が残り1個になると笑点の座布団9枚みたいな心理戦が発生します。これは盛り上がりますね。パーティーゲームはこういうのがいいです。読み上げるのは恥ずかしいですけれども。ミノルさんがいてくれたのも僥倖でした。男だけでやってたらサイアクすぎる。
 私は素晴らしいプロポーズばかりしていましたので、指輪はすぐに売り切れました(嘘です)。
 帽子の似合うナイスガイはエッチな台詞ばっかり作ってました(学級会)。

 この3つのゲームを終えて、3時半ぐらいで帰りました。寒いからね。暗くなるからね。
 ミノルさんおすすめの犯人は踊るはできませんでした。人数が少ないと難しいらしい。また機会があるさ。
posted by clown-crown at 22:08| パリ ☔| グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月17日

人間関係の維持コスト

 人間関係を維持するためにはコストが必要である。
 年賀状を送るだとか、誕生日にプレゼントするだとか、朝「おはようございます」と挨拶するだとか。
 「それをコストと呼ぶなんて人間関係をなんだと思っているのか、おこがましい」といわれそうだけれど、目に見えないものを目に見えないまま隠しパラメータにしておくと人生がなにもわからないまま終わってしまうよ。

 男性は維持コストをかけない傾向がある。
 親しい間柄の友人に久しぶりに会っても挨拶が「よっ」で終わったりする。
(蛇足だが、女性が考えるBLの登場人物は人間関係の維持コストが高すぎて男じゃねえなと思っている)

 対して女性は維持コストが高いのだけれど、ここで疑問がある。
 なぜ恋愛関係において女性は維持コストを支払わないのだろう、ということだ。
 「求める性・求められる性」なんて考え方があり、男性は求める性となっている。
 男性のほうが性欲が強いので、セックスを取引材料にされている。
 男性ってとっても弱い立場なんですね。
 男性って恋愛において損ですね。

 私はサディストなので、もっと自分に有利な取引をしたい。
 惨めな立場になど、1秒だっていられるか!
 そんな気持ちでずっと考えてたんですよ。

 今日、閃いたことがありました。
 女性はコストを支払っているつもりなのではないか。
 「男性に意思判断・意思決定を預けてあげる」ことをコストと認識しているのではないか。
 「大和撫子してあげているのだから、ちゃんとリーダシップを発揮して楽しませなさいよ」と、そういっているのでは?

 うん、いらねーけど。
 男性が家長的振る舞いをするのはご褒美ではない。
 男性が家長的振る舞いをするのはご褒美ではない。
 勘違いされている気がする。
 男性にリーダシップをとってもらいたがっているのは女性の理想的な恋愛観であって、男性はそれに合わせて演じているだけだぞ。
 やらなくてもモテるならやりたくないよ、めんどうくさい。

 この辺りのコスト感覚が正常な女性と付き合いたいな、と思いました。
posted by clown-crown at 23:25| パリ ☀| グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月14日

無意識を意識下に置く

 自己言及は矛盾を生みやすいから、そんな理由で自分の試錐をブログに書き記すことを数年前にやめたのですけれど、だいぶ遅かったようだ。矛盾を生むだけでなく、「健康に悪い」ことを感じていた。追いかけるほど複雑化して、逃げてゆく。

 カウンセラーにこう言われた。「お前には無意識がない」
 どうやらカウンセラーというのは無意識から情報を引っぱり出すものらしい。無意識は編集がされていないからね(無意識がなくなるだけで情報が得られなくなるなんてチート技に頼りすぎなんじゃねえのとは思う)。けれども、私は醜悪な無意識がきらいだったから、このブログでどんどん解体していった。無意識を意識の領域に組み替えた。

 ふつうの人間が無意識でやることを、私は意識してやるわけだから負担が大きくなる。時間も処理能力もかかる。これが現状らしい。
posted by clown-crown at 18:37| パリ | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月10日

不条理なルール

 読んでおもしろいかどうかはわからんけれど、とりあえず説明から入ります。

 仕事の話です。私の通常作業の中にある試験があり、この試験がNGだと他部署の作業者を呼んで対応してもらいます。私はペーペーの平社員なので、直接、他部署に作業を依頼することはできません。上司に「NGが出た」と報告して、上司から他部署に連絡してもらいます。さて、テストでNGが出たので上司に連絡をしてもらいました。しかし作業者は現れません。もう一度連絡するように上司にお願いしたら怒られました。曰く「そんなんじゃ俺が休めないだろ。俺がいなかったらどうするんだ」。

 こーゆーの読むだけでも嫌だよね。
 グチカテゴリのエントリなんですけれど、グチで終わるつもりはないのです。

 今までの私だったら「なにが悪かったんだろう。私が知らないなんのルールに抵触したんだ?」と延々悩んでいたことでしょう。なんとか合理化しようと脳を働かせるんですよね。それが完全に不可能なわけじゃない。他部署にコネを作って個人的に連絡することは、不可能じゃない。でも仕事のルールからは逸脱している。上司のマイルールが仕事の大ルールに反したらいかんでしょ。
 低レベルなことを話している自覚はある。簡単にいえば不条理な指示をされたのだ。だが私には発見だった。今までの私だったら現状を重視して大ルールに反していたかもしれない。コネが作れずに板挟みになって硬直していたかもしれない。自我がないので無条件に上司を正しいと思い込みがちなのだ。最近の私は自我をもった──わけではなく、自我がないことを自覚したので「これは不条理な指示だな」と考えることができた。発達。

 ルールが明確でないことが嫌いだ。これはどっかの受け売り「日本では間違ったルールが正されない。上の人間が好きなようにルールを制定し、下の人間が現実的に曲解して運用する」例えば仕事の指示とかだとルールに矛盾が生じたとき、奉仕精神とか人脈によって矛盾をスルーするよね。私はこの奉仕精神とか人脈を強制的に使わされたとき、貯めていたポイントが減った気分になる。がっくりする。

 人間ってさ、他人に課したルールを覚えてないよね。「お前、あのときああ言ったじゃん。他人にやらせたんだから自分で守れよ」とガチギレしても「そんなこと言ったっけ?」って平気でのたまいやがる。たぶん、彼らは叱責や説教に使ったルールをルールだと思っていないのだ。一時的に利用するだけの使い捨ての言葉。私がそれを指摘したところで「そんな古いこと持ち出されても……」とか思っていることだろう。頭にうんこ詰まってんじゃねーの。
 やっぱりグチじゃねーか!
posted by clown-crown at 22:37| パリ ☁| グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月11日

先生に見せる文章

カウンセリング中は頭が痛くなる。
自分の考えと先生の考えを比較しその差を埋めるために必要な言葉を探す。
私の考えは一定ではないために、先生の考えがぶつかれば変化する。
ほとんどの場合で先生の考えが私の考えに近接しないのが幸いだが、
それは私を理解するところから遠く離れていることを意味するので不幸だ。
カウンセリングによって理解は進んでいるというが私の満足する水準には達していない。
最終的な完成度の話ではない。進捗が緩やかなことにやきもきしている。

論理的という言葉について私と先生では差異がある。
集団に埋没したいこととリュパンに憧れることは論理的に矛盾があるとあると感じるようだ。
それならば「埋没したいのは異端であるためであり、リュパンは異端を肯定的に捉えることができるため」
などと理屈をつけることは簡単にできる。
だがそのような理屈に意味があるように思えない。あるとしてもそれは蛞蝓のような一歩だ。
自分自身が、人間が、矛盾した存在であることに中学生時代に苦悩した。
だから相対思考を生み出した。最近、考え直したが量子思考と呼んだほうが実態に近そうだ。
私は断言するということがほとんどない。多くの患者をカウンセリングしてきた先生ならば実感あるだろう。
そのために話がつかみにくくなっている。だが私にとってはこれがスタンダードなのだ。
世界はなにもかもが曖昧であやふや、足をつける大地も朦朧としている。
私は確固としたものがほしいが、矛盾したものはいらない。それがジレンマでありストレスだろう。
私を理解するためには量子思考を備えていなければならないのかもしれない。
ならばこれは途方もない絶望だ。

HSPに先天性はないかと尋ねたが、それは自分が先天的ではないと感じていたためだ。
嫌われたくない性質が強いだけで、そこから相手の気持ちを察する能力が伸びた。
やり方さえわかれば誰にでもできるはずだ。それを私に聞く人間はいなかったが。
外部から私はむしろ愚鈍だと思われている。口数が少ないということは得てしてそのようなイメージを与える。

極端をいう「天才が馬鹿にわかるように伝えるのは難しい」。理解しないのが馬鹿だからだ。
人狼は相手の話を聞くゲームで、カウンセラーは話を聞くプロだ。馬鹿ではできない。
それでさえも伝わらない。ならばいったい誰ならば伝わるというのだろう。
私の努力が不足しているのだろうか。確かに私は説得によって翻意させることが不可能だと思っている。
人間を形成されるまでには時間がかかる。私がその労力を負う必要はない。
正直に書こう。私は自分が頭がいいなどとはまったく考えていなかった。
社会はそのように私を扱ったし、私もそれに抵抗する気はなかった。
私が他人に影響を与える? 私と話をしたい? とんでもない。

50分のカウンセリングよりも、小説を読んでもらうことや、このような文章を書いているほうが自分を表現できている。
会話は対応しなければならないし、時間制限があり、表情や所作などノイズが乗る(完全にノイズだ)。
もっとも重要なことに、会話は自分や相手がしゃべっている間に考えていることが抜け落ちていく。
何度も書くように、人間の会話に情報としての価値などひとつまみもない。動物の鳴き声に等しい。
人間とコミュニケートするほどそれを実感し、多くのほとんどの人間と自分とは異なるのだと感じる。
途方に暮れる。

仮説:私が先生を理解したほうがその差異が浮き彫りになるのではないか。
posted by clown-crown at 01:17| パリ ☔| グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月08日

ブロック文化

 元SPEEDで現参議院議員の今井絵理子が「批判なき政治を」といって炎上した。
 どっかの大学教授が「最近の学生は反論されると悪口をいわれたと感じるらしい」とかいってるのもみたな。

 いやなものはすぐにブロックできる便利な社会だから、こーゆーことが起こるのかなーとか徒然。世の中が便利になりすぎてもう人間は冷房器具がないと生きていけない身体になってるともきく。そのぶん科学が発達すれば問題はない。

 世の中はどんどん便利になればよろしい。
 しかして、議論もできない人間が増えるとどうなるんだろうなー。肉体的な暴力はよくないけれど、言語的な暴力もよくないと封印してしまえば、より本能に近い肉体暴力の封印が破けて漏れるだろう。「そんなに繊細じゃ生きてゆけないよ」というのも簡単すぎるし無責任だ。
posted by clown-crown at 22:38| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月04日

カウンセリングn+1+α回目

 カウンセラに「あなたはわかりにくい」といわれるのは、ほかの人間とは違う、特別な人間になったようで自尊心をくすぐられていたのであるけれど、毎回毎回同じことを繰り返されると「職務放棄だろ!」と思う気持ちが強まってきた。

 別にカウンセリングの方法はひとつじゃないだろ! 私に合うやり方をしてくれればいいんだよ! ずっとわからんわからん言ってやり方も変えないプロがいるかよ! カウンセリング料高えんだからそのぐらいなんとかしろよ! おらぁ!

 カウンセリング受けたらもっと生きやすくなるのかなーと期待してたのに。金だけとられてなんも変わらんじゃやだぞ。
posted by clown-crown at 23:38| パリ ☀ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

カウンセリングn+1回目

 人間ってのはそんな単純ではないから、簡単に理解することはできない。
 って思ってて、だからカウンセラに「わからない」といわれるのも一方では誇らしさを感じていた。

 今日のカウンセリングでは私がわからないのは「話に具体的エピソードがない」せいだとわかった。そして私はほかの人より「抽象的な世界に生きている」らしいことも。

 ねえ、そっちはどんな世界なんだ?
 いつから私は抽象世界にいた?
posted by clown-crown at 19:21| パリ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

おっさんがこどもたちにできること

学校が辛いあなたのためのお話

 発達障害で学校生活がつらい中学生に送られたエントリ。
 上記の内容の反論エントリふたつ。

こどもを尊重しているようでしていない
レールに乗るかどうかは、メリットデメリットで決められない

 大人がこどもたちのためになにができるんだろうか、ってことを考えるんですよね。
 以前、引きこもりで学校に通ってない高校生とメールしてたことがあるんですけれど、どっかで聞きかじったような「学校なんて行かなくても大丈夫だよ」みたいなこと書いた。あとになって考えたとき、高校に行かずに大人になるビジョンがぜんぜん見えなくてなに無責任なことをいってんだ、と腹が立った。自分に。

 そんな経緯もあって、学校を辞めたときの風景を教えてくれる借金玉氏は私よりためになる相談相手だ。具体的な話をすればもっと個別のアドバイスもくれるだろう。そのアドバイスがどこまで利用できるかはわからないけれど。

 借金玉氏はふだんは発達障害の人間が社会でうまくやっていくためのライフハックみたいなもんを書いている。でも借金玉氏もいわゆる「普通の人」イメージから遠い。攻撃的で、底辺を体験済みで、学があって、皮肉屋で、行動力があって、カリスマがある。「こんな人のアドバイスが普通の私に通じるわけないじゃん」と思われがちなんじゃないのかな。

 私が学生時代に借金玉氏のような相談相手がいたらどうだっただろう。ずいぶんと視界がクリアになったはずだ。きっと学校は辞めないだろう。相談相手がいる事実だけでずいぶん救われる。
posted by clown-crown at 00:02| パリ ☁ | TrackBack(0) | グチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする